世界に零れた月の雫

□参章
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アユムがカオル=レイバード中将の監督するユーラシア基地本部に預けられてから、3ヶ月余りが経っていた。


週6日、拷問ともとれるようなカオルの訓練は1日最低でも10時間以上、「実際に自分の身を以て体験するのが最も効率的かつ効果的」というカオルの持論を以ての模擬戦、
来る日も来る日もカオルに打ちのめされるアユム。

幾度幾度と倒され、その度に小言の嵐が、吹き荒ぶ。

アユムも、この3ヶ月で動きはかなり良くなっているのだが、相手のレベルが違い過ぎる故に、カオルがどれほどの強さなのか、アユムは全く計れずにいる。
そのため、
アユムの中に「自分も少しは上達している」という気持ちは微塵もなく、それどころか、心は何度となく折れていた。

実際に、脱走しようとした事も何度かあったが、ある時は、自分自身の「逃げたくない」という思いから、踏みとどまったり、ある時には、たまたま夜間勤務だったグリンガム少佐に見つかり説得されて、思い直したりと、なんとか訓練の日々に耐えていた。




「っぐゃ…!」



この日だけで、もう何度目か、カオルの棒撃で吹き飛ぶアユム。

「アユム、、お前は、今日だけで何回死ぬ気だ?、こいつが」

と言う、カオルは右手でクルクルと器用に棒を回しながら、とやれやれといった調子で、溜め息を吐き出すその表情は余裕そのものだ。


「まだ100は行ってないはずだよ…」


「正解、今ので95回だ。初めて来た頃に比べりゃ少しは体力が付いたか?」


ボロボロで満身創痍のアユムと、煙草を片手間に余裕のカオル、もはやこの基地での日常と化した光景だった。


よろよろと立ち上がり、なんとか向かっていくものの、アユムの棒撃は、半分が交わされ、残りはカウンターの棒撃で全滅。
本日、96度目らしい、急所への一撃、悶絶した所へ更に追撃で吹き飛ばす。


「ふん…ま、今日はこんなもんでいいか…」


カオルはそう言いながら、棒を壁に立て掛けるが、アユムに反応は無い。どうやら気絶しているらしいが、カオルの表情は少し嬉しそうだった。



訓練を始めた当初は、本来なら致死に値する一撃を、1日で200以上受けていたのだが、1ヶ月ほど前から激減し、100前後にまで抑えられていた。

特にここ数日は、ギリギリではあるものの、なんとか二桁台を保ち続けている。


アユムの回復力を計算し、その巧みな力加減で、翌日にギリギリ回復出来る程度に痛めつける。
アユムが棒撃を体で受ける回数は殆ど変わらない割に、仮定死の回数が減ったのは、急所への一撃をなんとか逸らせるようになったからだが、アユムにその実感はまだ無い。






目を覚まし、一通りの片付けを終えたアユムが食堂に向かう頃には、既に23時を回る深夜、誰もいない食堂に、事前に頼んであった夕食‐オムレツとスープ‐が冷めきっているのも、ほぼ日常。

アユムを気遣ってか、グリンガム少佐が一緒に食事を取ってくれる事もあるが、少佐自身の職務に加えて、カオルの事務仕事までこなす、「基地内で最も忙しい士官」故、たまにであり、今日は、姿が見えない。

はた目には幼年期の少年に見えるアユムが、深夜に一人、冷めたご飯を貪(むさぼ)る様は、なんとも言えないほどに寂しそうだった。



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