世界に零れた月の雫

□肆章
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カオルの言い付け通りに“展開”の状態で昼食を取り、箸と弁当箱を見事に壊した昼食を早々に終え、慣れた手付きで煙草を吸うアユムの表情は、「何を言っているのか?」と言わんばかりに疑問符を浮かべているのだが、カオルは構わず続けた。

「最近、変わったな、って言ったんだ、こいつが。
前はもっとピーチクうるさかったが、ここ最近はやけに素直だし、、見た目は相変わらずのちび助だが…なんかあったのか?」


ここまで落ち着いて、アユムに疑問を投げるカオルも珍しかっただけに、アユムも戸惑っているようで、少し考えながら答えるのだが、自信は無さそうだ。

「、うーん…変わったとは思わないけど、何となく最近、、、カオルの事を前から、ここに来る前から知ってるような気がして、、?…するから何だって感じもするけど、、…あと、それに近い感じの感覚だけど、、カオルは、無茶はさせても無謀はさせない、そんな気がするから…多分…」


なんとか言葉にしている、といった喋り方から、アユム自身も、良く分かっていないらしい。
特に表情を変える事なく聞いていたカオルだったが、その内心は、驚きでいっぱいになっていた。

(こいつ…まさか偶然じゃないのか?…もしそうなら…いや、しかし…そんな事………)


「…オル?…カオル?」

アユムの声に、はっ、と気付くカオル。どうやら、考え込んでいたらしい。

アユムが、あまり減っていない重箱の中身に視線を落とした事で、食事を忘れていた事に気付くと、残りの食事を掻き込んだ。
まるで、自分の思考を落ち着けるように、、
…そして、喉を詰まらせたのだ。


この時、カオルは心に誓った。食事時に、考えても分からない事を考えるのは止めよう、と。







昼休憩も終わり、訓練再開、ここから夜までは、カオルとの模擬戦。ただし、今までと違い、素手での模擬戦。

“展開”の力を自身で意識出来るようになったこの日、今まで耐えきれない程に感じていたカオルの猛攻を緩く感じるようになっていた。

猛攻と言っても、カオルが繰り出すのは、右腕からの連打と、溜めを入れた一撃のみ。
身長差もあってか、下からボディブローのようなショートアッパー‐カオルはボディブローのつもりで打っているかもしれないが‐、それ以外の殆どは、振り下ろすように打たれる。
リーチも圧倒的にカオルのほうが長い故に、突っ込んで距離を無くす事が出来れば、意外と安全なのだ。


アユムに手が届くのは、せいぜいが胸付近まで、カオルの腹が目線にある為、連打を入れるならそこだ。

全く効いている感じがしない‐まるで、ただ壁を殴っているような‐、感触だが、今までこれだけ連打をかませる事も無かった為、アユムは調子に乗って打ち続けていた。


そんなアユムに調子に乗るなと言わんばかりに突き上げられた、膝。

そして――
怯み、体制を崩したと同時、真下から繰り出されたアッパーは、カオルの利き手、左腕から放たれたモノだった。




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