世界に零れた月の雫

□陸章
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 ―第陸章 ‐異動‐―


―西暦2082年―
カオルの元に来て数年、発勁も身体に馴染む程に体得したアユムは、ユーラシア本部基地からアマリカ本部基地への異動が決まっていた。

カオルの意向もあり階級こそtransitusのままだが、その戦闘能力は既に実戦で使えるレベルであり、ヨーロッパ方面やアフリカ方面へと結ぶユーラシア西の開拓にも、参加するほどで、セデムター相手ならば、それほど戦力的な遅れを取らない程になっていた。

身長も165cm程にまで伸びており、たくましさを増した少年の顔立ちは、首に掛からない程度の髪の黒さを、象徴するような鋭さを備えていた。


「紅勁・破撃、氷華!」


異動を控え、この基地、最後の訓練に臨むアユム。その灰色の瞳が睨むのは、カオル=レイバード、
アユムの右腕から放たれた掌打を、意に介さず、あっさりと交わすカオルは、余裕そのもので、相も変わらずと言った所だろうか。

空振る掌打の奥に生まれる氷の欠片達を蹴足でカオルに打ちながら距離を詰めるアユムは、食らいつこうと必死、これも5年前から変わらずの光景で、変わったとするなら、そのレベルだろう。

「紅勁・炎滝(えんろう)!」

尚も届かぬ距離を悟ってか、炎を纏い推進力を増すアユム。待っていたと言わんばかりのカウンターを急ブレーキで回避し、左の掌底をカオルの腹目掛けて撃ち込んだ。

「龍勁・帝(てい)破撃!」


、、――が、撃ち込んだはずの一撃は、カオルの右足に軌道を逸らされた挙句、そのまま、顎を逆に撃ち抜かれたのだった。
膝と手を着くアユムは、一撃で完全に足にきたようで、悔しそうに顔をしかめ、うらめしそうにカオルを睨んでいた。


「今晩出発だし、今日はこれで終いだ、こいつが」


「…っ、、俺、、俺はまだ、
「黙れクソガキ、大体の事は教えた、、後はてめえで磨け」


納得がいかない様子のアユムに対して、相変わらずのカオル、食い下がるアユムにあったのは、カオルに対するコンプレックスとそこから来るであろう意地だったようだ。

「…俺、、まだカオルを倒した事が無い…」


真剣な灰色の眼差し、、だが、カオルは、声を出して、「はっはっはっ、、」と、さも楽しげに笑ってみせた。一笑に附すとはこの事だろうが、アユムからすれば納得がいかない。
、、カオルは、笑いを止めて取りあえず、答えてやる事にしたらしい。本当に「取りあえず」だが…。


「…お前のバカは治しようがないな、これが。…相っ変わらず甘いんだよ。
今のお前が俺に冷や汗掻かせるなんざ、ミジンコが1kgのカツカレーを30分で平らげるくらいにあり得ん。
体術で俺に勝てる奴など、どの世にもいねぇんだ。ダルクん所でせいぜい、まともな法術覚えて、百式<体術>を磨いてこい」


圧倒的な強さを持ち、この5年弱、それに触れ続けてきたアユム、それ故に、カオルの言葉は、アユムに対して絶大な説得力を持つに至っている事は言うまでもなく、
渋々、発勁を治め、亜麻がかった黒の瞳に戻ったアユムは、拗ねた子供のようであった。




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