世界に零れた月の雫

□玖章
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―西暦2172年、10月―
その地には、雨が降っていた。
南アマリカ西部と中部の切れ目、森林地帯に数日と降り続く雨は、カエルを呼び、蛭(ひる)を呼ぶ、地から生える緑藻類はその勢力を拡大させていく、それらにとっては正に恵みの雨だろう。


降りに降った雨が、ようやく止んだ昼過ぎ、アユムは目覚めた。
おそらく、血を吸おうとして失敗したであろう、蛭の死体が、そこら中に山積みになっているが、アユムに気にするそぶりはなく、身体や装備の状態を確かめている。そのそばから蛭が降り注ぐものの、アユムに触れるより早く、周りに弾かれているようで、アユムは、周りに捕縛結界を敷き、蛭の侵入を防いでいたようだ。
‐狭い所を好むのはまだしも、靴下の中の足指の間から、脇や膝、足の付け根等の曲げた関節部分まで、どうやって潜り込むのか、という所まで侵入してくる。‐


いつからだろう、アユムには単独任務が増えていた。一つには近年、南アマリカ西部と東欧部にて、10M(メートル)規模の大型超級セデムターが出没、人里だけでなく、LU.LU.Sへの被害もかなりあるようで、被害を出しては消えてを繰り返していた為に、LU.LU.Sの数が減っている事があるだろうか。
CREARE'Sは、巨大、或いは強力なセデムターに対して捕獲を前提に動く為か、未だに解決していない。

もう一つは、アユムの戦闘の質が変化したというのもあるだろう。勁力だけではなく、肉体の力が以前よりも向上しているようで、以前よりも更に洗練されたその戦闘能力は、quinque(クイーンクエ)にも匹敵する、とさえ言われる程であった。


討伐任務は既に終了しており、森林を抜けると、少しずつ木々は減っていき、代わりに腰ほどの背を持つ草が生える湿地体、更に西に進むと、地面はその硬度を増していき、少しずつ荒野へとその景色を変えていく。

荒野へと変わって約100kmも進めば、南アマリカ地区の[遺伝子因子研究機関]が見えてくる。この辺り、、と言うよりか、南アマリカには、全土を見ても人里が僅かばかりしか無い為に空間転移の許容範囲も広くあるのだが、早く戻った所で、特にする事もないアユムは、マイペースに徒歩での帰路を選択していた。

この地でアユムは2年余りの時間(とき)を過ごしており、任務は、セデムターの捕縛討伐の他に、任務開始となった一昨年より建設が始まった、[遺伝子因子研究機関]の護衛役でもあった。この施設は物理的な存在確率を外郭から遮断、つまり、建物の存在自体を周りに認識させない防衛システム‐空間そのものに展開させる結界術のようなプログラム‐を有している。
アユムがゆっくりと帰路に着くのは、3ヶ月ほど前に、施設が完成している事と合わせて、危険の可能性は極めて薄いと判断した故だろう。



――遺伝子因子研究機関は、遺伝子に存在する様々な因子を研究また開発する事にあるが、隔離区画と呼ばれる場所には、もう一つの側面を見せていた。

それが、LU.LU.S候補の選定と、LU.LU.Sの初期育成である。LU.LU.S候補となるのは主に、家族のいない子供らで、隔離区画内にて眠らされ、適性検査を経てバベルへと移送されLU.LU.Sとなる。
infantiaを卒業し、transitusへと上がったLU.LU.Sは、CREARE'Sの本部であるバベルから各地の遺伝子因子研究機関へと送られるシステムが構築されており、この地区の機関にも、近々、transitus<なりたて>のLU.LU.Sと共に、その監督者‐教育官‐のLU.LU.Sが来る事になっていた。アユムの任期はそれまでの期間であり、アユムからすれば、それは退屈な時間だったに違いない。



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