世界に零れた月の雫

□拾壱章
2ページ/14ページ



―第拾壱章 ‐帰らぬ愛と還る微笑み‐―


――
少年はシンジと名乗った。少年と言っても、実際には21歳の青年、幼く見えるだけで、年齢通りに見られない童顔と低身長を気にしているらしい。

もっとも、当のシンジは、アユムらの乗っていた単車に興味津々の様子で、「貰い物だ」、とアユムが短く答えても、目を輝かせて車体のあっちへ行きこっちへ行き眺めていた。
ある時は、喜声(きせい)を上げ、またある時はジッと見つめ、まるではしゃぎ回る少年だ、と言ったらシンジは肩を落とすかもしれないが、それくらい目を輝かせていたのだ。

セデムターをブロックに切り分けて軽トラックのような車2台の荷台に積んで、シンジを呼びにきた中年男の何度目かの声で、我に返った、いや返らされたようである。

「…シンジさん、準備、終わってますぜ」


「ああ、そうだね…」

溜め息混じりの男の声にようやく、シンジは単車から渋々離れる。…余程にこの単車スレイプ・ニルに惚れ込んだらしい。

ただ、そんなシンジのテンションに気圧されながらも、彼らがワルシャワへ行く事を確認し、自分達の目的地もそこだと、アユムが伝えた所、
アユムらが切り出すより早く、自分がナビをする、と言い出したばかりか、家はそこそこ広く1、2人くらいなら普通に泊まれる、とまで切り出してくれたのは、アユムとリンにとっては僅かばかり有り難かったようだ。


「さあさあ、早く行こう、早くその車を…」
終始、にこやかで爽やかな笑顔のまま、シンジは白いワゴンタイプの中型車に乗り込んだ。どうやら、彼の車らしい。
かくして、計3台の4輪車と、1台の8輪のバイクタイプは走り出した。


ワルシャワ地区街に入って先ず向かったのは、街に入って直ぐにある東1番街の役所、セデムターを換金する専用の役所であり、シンジは、自分達が持ち帰る物以外を換金すると、それらを仲間内で分配する。
1人辺りの手取りは、1万ルク程度で、シンジ達は1週間に1度、狩りに出かけるらしい。
‐賞金稼ぎにもタイプが有り、中には毎日出掛ける者から副業で1ヶ月〜2ヶ月に1度程度の者もいるそうだ。‐


ワルシャワ地区街は、事実上、賞金稼ぎが取り仕切っており、政府の管理が厳しく無い分、物価も他に比べて安い。安価で安定した物価は犯罪を減少させ、低い賃金でも充分に暮らして行けると言われる街である。
また、東欧地区の中では、1、2を争う広大な土地面積がある為、一次産業に向いており、農家も多い、これが物価が安価で安定している一番の要因だろう。
‐ワルシャワの平均月収は富裕層を含めても28,000ルク(含めない場合は19,000ルク)だが、驚く事に飢餓率は、ほぼ0である。‐


――ともかくして、中央街の隣である東8番街、シンジの済む家へと着いた訳だが、アユムとリンは立ち尽くしていた。
そう、シンジがスレイプ・ニルをところ狭しと物色していたのだ。


「ああ〜、凄いな…8輪でありながらバイクタイプ…斬新だ…しかも、鋭さを持ちながらも、丸みを帯びたフォルム…」


余程に気に入ったらしいが、アユムとリンは慣れない土地の一角、それも広そうな3階建ての緑色の屋根をした白い一軒家の横で、いつまでつっ立っていればいいのか…有難いのか迷惑なのか…呆れる他は無かった。


「アユム…あの人…」

「聞くな、俺にも解らん」


…結局、アユム達は、約30分経った頃、雨が降りだしている事に気付いたシンジの案内で家に入る事が出来た。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ