世界に零れた月の雫

□拾弐章
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シンジの正面に座るアユムに呆れ顔を崩す事なく、「アユム、なんで君は…」
そんな調子で、軽く説教モードに突入しそうなシンジだったが、「モーニングセットをアイスコーヒーで」、アユムが注文の大声で、掻き消すと、またもシンジのため息に紅茶が揺れた。



「、女遊びは程々にしとけよ…」

シンジには、察しがついているらしい。当然だ、アユムとは、もう5年近くも、行動を共にしているのだから。ただ表情は、もうどうでもいい、と言った感じだ、いつもの返答も察している故に。

「遊びじゃなくて「仕事」だって言ってるだろ。副業<こっち>のが儲けてるんだからいいだろ?…それより、飯だ。シンジ、お前は食ったのか?」


「…あぁ…」
シンジは、どこか仏頂面面で、一時間前にな、と、付け足してやった。

―――
先程注文した、モーニングセットが運ばれてくるなり、待ってましたと言わんばかりに、アユムはトーストを口に突っ込むとおもむろに、
「レ?イらイはナンジはらダっけ?」
と、パンの詰まった口から問いの言葉、多分に含まれたパンのせいか、かなり間の抜けた口調に聞こえるだろう。

シンジは呆れ顔を崩す事なく、「昼の一時半から、だよ」
と、本日、何度目かのため息を共に吐き出していた。


「呆れ顔すんなよ…。どうせ、ペットの捜索とか、掃除…だろ?」


「いや、今日会ってから話すってさ。昨日会ってみた感じだと、少し深刻そうな感じがしたけど…」


少し真面目顔のシンジにも、アユムは、心中どうでもいい事を隠す事なくテキトーな相槌を入れ、残りの朝食に専念していた。話をどこまで、ちゃんと聞いていたかも、シンジには解らない。




……
「さて、行きますか。何処に車停めてんだ?先に愛車載っけに行ってくる」

食事を終え、、店を出ようとするくわえ煙草のアユムを、シンジは至極、冷静に引き止めてやった。
「…伝票忘れてる。会計はあっち。2ケツすれば大丈夫だろ」


「……覚えてたのか…」

舌打ち混じりに、アユムは渋々伝票を持って会計場へと歩き出す。
会計場までの極めて短い道中、シンジが軽く説教モードに入った事は、アユムにとって計算外だったに違いない。




――――
欧州西地区において、最も栄えていると言っていい地区、大災害以前からマドリードと呼ばれるこの街には、大災害直後に建てられたと思われるレンガ積みの古き街並みが広がっている。

宿泊施設<ホテル>は、欧州西地区の中でも、かなりの数がある街として有名だ。
その内の1つ、街の入り口‐東一番街‐には、どの建物よりも大きく、頑丈そうな作りのホテル(それ)がある。
高くそびえるそれは、街全体のシンボルとしても有名で、屋上の上には大きな時計があり、時計塔の役割も果たしている。

シンジとアユムは、ロビーに到着、アユムからすれば、数時間としない内に戻ってきた為、些かバツが悪そうだ…いや、単にだるいだけかもしれないが。


アユムは、何本目かの煙草の火を消しながら、いかにも、だるそうにしているが、シンジは、いつもの事と別段、気にする様子もない。
その分、周りに気を配り、依頼人を探しては、キョロキョロしている。総じて、落ち着きの無い二人組に見える事だろう。


そして、待ち合わせ時刻まで、あと10分程と迫った頃だ。


「あ、あの…」

端から見れば挙動不審のシンジに話しかけたのは、スレンダーな色気にグレーのスーツ姿が良く映える女性。
年の程は40前後と言った所だろうか、金髪碧眼の女性、アユムは知らないが、シンジはつい昨日、面識がある。
それは、今日の待ち人、シンジ達への依頼主だ。



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