世界に零れた月の雫

□拾参章
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……


何かの毛皮で出来ている服を、幾重にも着込み、仮面を着ける者達は、銛(もり)を手に、アユムとシンジ、そして、彼らの車を取り囲んでいる。蒼と白、ツートーンカラーの車、その前部右側は、見事に潰れているが、その者達の仕業ではない。

取り囲む者達と、一定の距離を保ったまま無言で、その空気は、やや重いだろうか。
取り囲む仮面の者達は、銛(もり)を構えているものの、仮面の奥から僅かに覗く瞳は、敵意のそれとは違うような何かを感じる。故にアユム達は、動かずに相手の出方をうかがっているのだ。





――それは、一時間程前に遡る――


「そろそろ、大陸が近いな…」

車の右側、助手席に座り、煙草に火を着けるアユムの言葉は、だるそうないつものものだが、

「…やっと、アマリカ近く、か」
そう呟くシンジも、この日ばかりは、だるそうだ。運転席で、伸びをしており、あくびを見せる姿、ハンドルを握ろうともしない様子から、運転はしていないようだ。


現在、海上。
リシェス=ルーラーの1件から、西へ西へと向かい、2ヶ月余りがたった頃、アユム達は、アマリカの中心街を目指し、海を、渡っていた――車で。

この時代における車は、ガソリンではなく、勁力で動く。一般人には、“法術エネルギー”という呼び名で知られ、旧時代の電気やガスといった物のほぼすべてをまかなえる、この時代の主力エネルギーである。

法術エネルギー、そう呼ばれるだけあり、統一政府によって、運用、販売されている。作成にはそれ専用のLU.LU.Sの力が介在しているが、それは人々の知るところではない。

通常の電力には、相応のエネルギーを黒い球体‐地区の広さにもよるが、通常規模で人の頭程度の大きさ、重さは約3s程度‐に貯めて、街の軍施設で月毎に交換される。
車の場合は、街にある賞金稼ぎの換金施設から、街で運用される余剰エネルギーを充填させるのが、通常である。
‐1分程度の充填で、約30q程度走行出来、余剰エネルギーを利用している為、無料。街に駐在するLU.LU.Sがエネルギーを充填してくれる事もあるが、高い料金を取られる為、いざという時以外で使う者はいない。‐

この車は、アユムによって充填された勁力で動いており、海面1mの高さを保ちながら進んでいる。車の燃料として蓄えてあるエネルギーと、自身の法術を併用して、車を浮かせ、車を進めているのだ。

アユムの生み出す精巧な法術によって編まれたこの術式は、安定して低空飛行を続ける―――ハズだった。



「…?…まずいな、アトランティスに捕まった」

アユムは、穏やかではない言葉を、煙と共に吐き出すが、口調は淡々としたいつものそれ。

「アトランティス?…捕まった…って、、うわぁぁ〜」

訳も解らないが、深刻そうにも聞こえないアユムの口調、把握出来ないままのシンジを他所に、車が突然、激しく揺れ出した。

かつて、月が地上に落ちたとき、「落ちなかった」月の欠片は、人間には目視出来ない迷彩法術を纏いながら、2つの小さな大陸を上空に形成した。かつて沈んだ大陸に準(なぞら)えて、レムリア、アトランティス、と名付けられた、CREARE'S所有の大陸。1つはインド洋、アジアの南に存在し、もう1つが、ここ大西洋に浮かぶアトランティスだ。


その不可視の大陸、アトランティスに捕まった、とはどういう事なのか?


「説明も暴走(これ)を止めるのもめんどうだ。
ま、海の藻屑にならんよう、どっかの島にぶつかる事でも願っとけ」


「めんどう」ではなく、「喋る時間がない」だけなのだが、状況とはあまりに対照的なアユムの至極落ち着いた口調もそこそこに、激しい揺れ、何度か海中に突っ込んでは跳ねるように飛び出す車に、シンジは言葉にならない叫びを上げた。

――、そして激突。激しい音を共に、車はアユムの乗る助手席側から、海岸付近の岩壁に、不時着<衝突>するのだった。



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