世界に零れた月の雫

□拾参章
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………


「こんな状態で無傷って、、タフだよな…」

車体右側の、激しい損傷もなんのその、無傷のアユム。シンジの虚しそうな言葉には、自身の愛車がヘコんだ事を嘆くようなわびしさも多少は含まれているのかもしれない。
ともあれ、車の状態を確かめるため、ため息もそこそこに、やれやれ、とシンジがバンパーを開けて様子見。


十数分後、車体の全部を見終えたのだろう、
「異常はなし、フレームの損傷と、エネルギーが空になったくらいだね」

シンジから出たのは、安堵のため息、あれだけの事があって、車体の内部に損傷が無い、というのは、運がよかった、というもの。
そんな安堵を打ち消すような、不穏な気配、
近づく人影に向き直ると、数名の者達が、取り囲んできた。仮面を被り、手には銛、アユム達を取り囲む者達、アユムが面倒そうな表情をすると、今回ばかりはシンジもその表情に付き合う事にした。

「…」

無言のまま構えてはいるが、そこに殺気はない、襲ってくる気配もなく、やや重い空気が場を支配していた。




―第拾参章 ‐女難の相‐―




取り囲まれたまま、過ぎる時間。痺れを切らせるように、アユムは、煙草に火を着け、ため息ともとれる煙を吐きだした。そんなアユムに追従するように、
「へぇ〜、いい度胸だね、デカイほう」
取り囲む者達の少し後ろから、女性とおぼしき、威勢のいい声が飛び込んできた。声の主は、黒髪で背の高い女性、微笑を浮かべながら、アユム達に向かって来ると、銛(もり)を構えている者達が道を開けていく。どうやらリーダー格らしい。


「あまり面白くない歓迎だな」


「すごい音が聞こえたんでね。様子見だよ。どうこうする気はないから、安心していいよ」

仏頂面のアユムはいつもの事、リーダーとおぼしき女の答え方に余裕があるのは、アユム達に敵意が無いことを悟ってのものだろうか。


「見ての通り、事故りまして…、ご迷惑はかけませんから…」


そんな両者に、笑顔を作ってシンジが入ってきた。どうも面倒事に巻き込まれそうな予感からの疎遠行為だったが――


「なら、アタシに付いてきな、アタシらの村に案内してやる。…あぁ、アタシはその村の長で、イリア=ブルスだ」

女性は、シンジの言葉、その心中を見透かすように、そう言った。名乗った上で、寝床と食事くらいは用意する、と突拍子も無く来村を勧めると、イリア達は、背を向けてそのまま歩き出した。
無言の了承なのか、何も言わずに着いていくアユムだが、納得出来ないシンジはアユムの腕を引っ張り、小声で囁いた。不透明過ぎる状況なのだから、シンジの抱いた想いは、至極一般的な解答だろう。

「ちょ、、アユム、今のどう考えても、話の流れがおかしいって」

「相手は人間だ。油断しなけりゃ問題ない」


アユムは、無表情でシンジに小声を返すが、面倒事の予感はシンジの中で拡大を続けていた。かといって、車の状態を考えれば、アユムがいないとどうにもならないシンジも渋々着いていく事になるのだった。


ゴツゴツした岩場を登り歩いていると、
「そういや、あんたら名前は?」ふいに、イリアが訊ねてきた。寧ろ、それを今頃?と聞きたくもなるが、
「アユム=カイマだ」

「…シンジ=ミナセです」


即答するアユムは、その疑問に気付いてはいない。アユムにつられる形で返したシンジは気付いているだろう。イリアは、興味有り気な様子で、ふーん、と見回した後、また無言で歩き出した。シンジ達が無言に従うのは、やぶ蛇も困るので、という思いからに違いない。


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