世界に零れた月の雫

□拾肆章
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‐アマリカ
ルナ・ウィンクトゥラ以降、人が住む街の中では世界最大の都市。
街が数十に別れており、世界総人口の5割が住むともいわれるアマリカの街は、この時代において「富裕層の証」である車を、都市人口の3割程が所有しており、世界で唯一、車道と歩道の道路整備がなされている。‐


―第拾肆章 ‐再会‐―



アマリカの一角、ヴァージニア地区(旧ウエストヴァージニア州)の南街を走る車、蒼白のツートンカラーに塗られたその車に乗るのはシンジ。
車体後部に積まれたスレイプ・ニルが無いのは、1時間ほど前から、アユムと別行動をとっているからだ。

フレーム等、ある程度はアユムの法術でどうにかなっているが、そろそろオーバーホールの頃合い。パーツ自体が劣化しているため、新たに注文するべく、シンジは車を走らせていた。

ヴァージニア地区南街、その中心地の一角には、『MINASE』と書かれた看板を掲げる、街でも1番と言えるほどの大きな建物があり、シンジはそこを目指しているようだ。



敷地の裏手、警備員のような者達が何人か立っているが、不自然なほどにあっさりと通る事が出来た。
奥へ車を走らせると、そこは広い広い駐車場、その奥には、工場のようなものがやや映るだろうか。シンジは、複数の男達に誘導されるままに車を停めて、降りたのだが、その出迎えは、客にするそれにしては、やや仰々しい。

「お帰りなさいませ、シンジ様」
紺のスーツに身を包む男達の中心にいる1人が深々と頭を下げると、他の者達も続いた。シンジが思わず浮かべた苦笑いは、心中からのものだったに違いない。


「はは、、お久しぶりです、ジェフさん。勝手に家出したんですし、かしこまるのは止めてください」

シンジの言葉に、ようやく頭を上げたジェフ達だが、「それは無理です!」、ジェフはすぐに語気を強めて言い返していた。

「私は、ミナセの従者たる誇りを持っているのです。旦那様も、ユウリ様もシンジ様も、私には、等しく仕える使命があるのです!
…ああ!、そんな私などに、心遣い、、、なんと優しい御方に…ううっ…立派になられて…」

何故か泣き出してしまった…。ジェフの後ろにいる男達も、もらい泣きをしたのか、皆が一様にハンカチで目元を拭っている…勿論、シンジは取り残されているが。


「…あ、あの、ジェフさん?
僕は、車の整備に来ただけで…えっと、、ここに書いてある部品が欲しいんですけど」

おそるおそる、部品の名が書かれたメモをジェフに見せようとするシンジ。
ジェフが涙を抑えるまでに数分を要したが、目通りは叶ったようだ。

「…、1日ほどのお時間をいただければ、都合をつけましょう」

深々とお辞儀をしてメモを確かめるジェフと、頷くシンジだが、ジェフの表情が曇った。何かを言おうとして迷っているようだが…。それには当然、シンジも気付いていたようで、確かめるシンジに、
「…よろしければ、旦那様に会っていかれませんか?」
そう言ったジェフは浮かない顔で、その心中は、揺れていたに違いない。


「……わかりました。…あの人が、会いたいなんて言うとは思えないけど、、あの人に用事があるし…」


数瞬の沈黙から出た言葉は、意を決するように。シンジからすれば、「会いたくはない」、が、本音なのだろうが、それと同じくらい、確かめたい事があったからだ。ましてジェフは、シンジが生まれた時から、あの無駄に広い家で一緒に暮らし、世話をしてくれたし、シンジはシンジで、ジェフを兄のように慕っていたのだ。そんなジェフの言葉を無下にする事は出来ない、という想いもあったに違いない。



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