世界に零れた月の雫

□拾伍章
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―――、



「本当に、よかったのか?」


アユムがそう訊ねたのは、アマリカの街を外れるルートで人外の領域を進む車内での事だ。シンジの気持ちは固まっているのかもしれないが、合流地点で、最後まで別れを惜しんでいた家族<ユウリ>の姿は、シンジがその場所に望まれている事を、確かに示していたからだ。

「今はまだ戻れないよ」、そう言ったシンジの顔は晴れやかで、握るハンドルも心なしか軽そうに見えるか。


シンジ曰く、アユムの言うカオル=レイバードという者に興味があるらしく、それまでは、アユムと行動する、と。そして、まだ予定だが道なりに、アマリカの街々を回る旅をするつもりらしい。


アユムが持つシンジの印象が、出会った当時に近くなったと感じているのは、シンジの中で、様々な物事が整理されてきたからだろう。僅か2日足らずの時間だが、シンジにとって、それは濃密なものだったに違いない。




アユム達は、アマリカから海路で南下し、ユカタン海峡へ、そこから陸路で、ユカタン半島を目指して西へと進んだ。
路(みち)といっても、道無き道を進む中、シンジが驚いたのは、小さな村がそこそこに存在していたという事、そして、その村々のほぼ全てで、牧畜が盛んに行われていた事だった。

アユム曰く、この辺りは元々、セデムターの数自体が少なかった上に、アマリカ開発のついでで、セデムターの大規模な討伐が行われた事があるらしく、その影響だろう、という事だ。







―――――、西暦2180年、9月、メリダ地区(旧メキシコ南西部)


大体の場所は分かっていても、広大な土地で探すのは、やはり難しい。空振りを続けながら数ヵ月、これで幾つ目の村か…。村の外に車を停めると、数人の人が珍しがって近寄ってくるのにも、もう慣れていた。

牧畜の他、酒造りも盛んで、この地区の村々では、統一政府直下の輸入業者が、月に1度2度、仕入れに訪れるらしいが、もっと大型の車で来るために、まともな車‐車の後部が開いて、大型の単車を載せる車が「まともか」は謎だが‐を見るのには慣れていないらしい。



「そりゃあ、レイバード君の事じゃないか?」
「ああ、そう言われりゃ、そうかもな」


どうせまた空振りか、なんて考えていた所に出てきた答えは、カオルの足跡に関するものだった。名前を変えていても不思議はない、という考えから、名前は出していないのだが、レイバードなんて名前はそうそうあるものでもないだろう。
話を聞くと、「空っぽの世界」という名前の酒場で、働きながら居候しているらしい。村自体は小さいので、迷う心配もなさそうだから、取り合えず場所を聞いて、歩き回ってみると確かに、「Vacant World」と書かれた看板を掲げた、酒場のような建物があるではないか。


「…普通に酒場っぽいね」


シンジの呟きは、どうにも妙なこの店の名前に対する皮肉、いや、妙な名前と目の前にある普通の建物への戸惑いだったのだろう。確かに、外観は木造の「いかにも」、というそれ、短い階段の先には、小さめのウエスタン・ドアだが、屋内の照明が着いていても、外から中の様子は分かりにくそうだ。


2人が中に入ってみると、薄明かりの中にカウンター席と、幾つかのテーブル、外観から想像したよりも幾らか、広く感じるだろうか。


ただ普通に、辺りを見回していると、奥のほうから、「どなたですか?」、という女性の声が聞こえた。すぐに、カウンターの奥に見える通路から現れたのは、金髪碧眼の少女、この店の者に違いない。

肩の後ろまで伸びた金髪、身長は160pに満たない程度だろうか。10代半ばくらいの年の頃に見えるエプロン姿の少女は、やや警戒した面持ちだが、全員が知人といえるような小さな村で、見知らぬ2人の男を前にすれば、仕方のない事なのだろう。


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