世界に零れた月の雫

□拾伍章
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しかし、アユムには、その少女に見覚えがあった。いや、正確には、その少女の面影に、そしてそれはカオルとの記憶から、急速にその顔を重ねるに至ったのだ。

「お前、前にカオルと一緒にいた…レイ、ラ、だったか?」

アユムの記憶にあった少女と、同一人物のようで、それがきっかけとなったのか、少女、レイラのほうも、アユムの面影にたどり着いたようだ。

シンジ=ミナセの紹介も兼ねて、レイラ=ゴードウィンと名乗った少女、話す姿からは、見目麗しい笑顔を覗かせており、完全に、ではないだろうが、少しは警戒感も和らいでいたに違いない。





―第拾伍章 ‐刻は再び廻る‐―




レイラの話では、カオルと、ここの店主、ジョン=リューイは、隣の村まで、必要品の調達に出ているらしく、戻るのはおそらく夕刻前くらいとの事だ。
時間はまだ昼前、昼食を兼ねながら、アユムとシンジは、レイラがカオルと共に歩いた足跡(そくせき)、その1部を聞いていた。


最初にカオルと出会った頃、そのすぐ後に訪れた家族との死別、恐怖、そして、カオルと共に初めて見た海。カオルが、『世界の果て<ワールドエンド>』と呼んだ地で出会った、余りにも大きな人間・巨人の住処、そのどれもが、幼かった自分にとって、悲しさと、暖かさに満ちていた、穏やかにそう話すレイラの瞳は、潤んでおり、彼女にとって、それは昨日の事のように思い出せるのだろう。

そして、良くも悪くもそれらの体験は、しっかりと彼女の身に、糧となっているに違いない。

「本当にすごいんですよ。身長が4Mくらい――」


レイラの言葉が途切れたのは、キィ、というドアの音が響いたからだ。そこにあったのは、大きな荷物を抱えた2つの人影、片方は、カオル=レイバードに違いなく、カオル程の身長はないが、劣らない体格と恰幅のいいもう1人が、ここ“Vacant World”の店主、ジョン=リューイに違いなかった。

「…カオル、」
「、荷物を運び終えるまで待ってろ」

アユムにはすぐに気付いたようだが、それだけ伝えてさっさと行ってしまう。レイラと一言二言、話しているカオルの様はアユムが知るそれより幾分にも柔らかく感じられるが、共にいるリューイの柔らかそうな雰囲気の為だろうか?




――、荷物を運び終えたのだろう。店の奥から出てきたカオルは、何はともあれ、といった感じで自己紹介を始めた。それが、カオルにとって初見であるシンジに向けられていたのは、明らかで、流れのままに、カオル、シンジ、レイラ、と続いた自己紹介、シンジとレイラには、少なからず、相応の緊張感と呼んでいいものがあったようだ。

「アユム=カイマだ」

「、ジョン=リューイだ。アユム君の事は、カオル君から聞いてるよ。好きなだけここに泊まればいいから、自分の家だと思ってゆっくりしてくれ。もちろん、シンジ君も、な」

見た目とは裏腹に、豪快というよりか気さくに笑う姿からは、自然と人柄の柔らかさが伺える。こわもてに見えるが、クシャっと笑った顔は、どこからどう見てもエプロンの似合う‐“Vacant World”と刺繍(ししゅう)されたエプロンが似合うのもどうかと思うが‐気のいい中年、いや、実際にそうなのだろう。



―――、

夕刻も更けて陽が姿を隠し出すと、この店は開店する。
店と言っても、基本的にお金は取らず、代わりに翌日以降の食料を貰う。なにせ、小さな村だから、夕飯は、それぞれが食材を持ち寄って村民が皆で調理、それを皆で食う、それがこの村の風習。
店内の席は、あくまで雨の日用、こんな晴れた日は、星空の下で呑むに限るから、皆が皆、店の外、成る程、Vacant World<空っぽの世界>とは言ったものだ。


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