世界に零れた月の雫

□拾陸章
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―――それは、アユムとテティオが向かい合った時間まで遡る。


カオルが天井を破壊して進み、たどり着いた先には、六角柱の部屋。その部屋に先に進む道や扉のようなものは見られない。その変わりにカオルを見据える直立不動の男が1名。統一軍の軍服に首下程度の金髪と褐色の肌、CREARE'S、quinque(クイーンクエ)の序列1位、アレフ=タウラである。


「ふん。行き止まり、じゃあなさそうだな、こいつは」

先に、道になりそうなものは見られないが、カオルには確信があったようだ。ニッと笑ってタバコに火を着けるカオルに、顔を険しく引き締め直すアレフ、両者の間には既に闘いが始まっているのかもしれない。


「…レイバード様、マスターは今、誰にも――
「そっちの都合は聞いていない。道を空けるか、壊(し)ぬか、2択だ…、選べ」

アレフの言葉を押し退けたカオルが纏(まと)うのは、紫煙だけではない。その眼光から、その身体から、戦意を纏っているのだ。
カオルの絶大な戦闘能力を知っているならば、カオルに闘う気力を与える事自体が、破滅を、死を意味する事を知る。当然、遥か太古からの付き合いであるアレフも例外ではない。

――だが、アレフが選択したのは、カオルと闘う事だった。アレフは、両腕に着けた突起物付きの手甲を晒すように、ゆっくりと構え――、増えた。
カオルを取り囲むようにアレフの姿は、1体、また1体と、増殖していく。アレフが得意とするのは、結界術の応用系である幻術、カオルの、行き止まりではない、という言葉もこれ故なのだ。

「お前の二つ名は“幻影の猛牛”、だったな。その妙な突起物付きの手甲が、お前のツノって訳か」

アレフは答えない。その代わりに、カオルの背後からその一撃を打ち込んでいたのだ。
が、カオルは無傷、背後から打ち込まれた一撃を片手で止めて、アレフに向き直ると、アレフは再び、幻影の中に消えた。


「相手の背後を取る、隙をつく、どちらも基礎…、流石に凡夫の極みだな、こいつは」

幻影に話しかけるカオルから、余裕が消える事は無い。幻術を交えて再び打ち込むも結果は同じ、アレフの出所に合わせて、カオルが腕を差し込むと、アレフの攻撃がカオルに届く事は無く、再び幻影の中に消える。

何度か、ただ単調に繰り返されたそれは、確実にカオルに近付いているのは間違いなかった。
そして、空間が弾けた。

淡い赤に染まるその6角柱の部屋が示すのは、アレフの発勁が部屋全体を覆っている、つまり、この領域にアレフは自身の城を築いた、という事だ。


「…ようやく本気か、なら、俺もその気になってみるかな、こいつが」

楽しそうに笑みを浮かべたカオルは、そのまま目の前にいるアレフ<幻影>の1体を右腕で貫いていた。
電光石火とはこの事だろう。瞬く間に炸裂した一撃、だがそれはあくまで幻影、アレフ本体ではない。そして、カオルは幻影から発する微かな稲光に捕らえられていた。

幻術とは、結界術と同じ法術の基礎。基礎故に、応用の幅も広い。幻術の中に仕込んだ捕縛結界で相手を絡めとる二段仕込み、相手はどれが本物か分からない上、間違えれば即、捕縛結界で絡めとられる――、シンプルだが、それ故に、返しの難しいトラップとなるのだ。


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