□首吊りよりも、心中を。
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首吊りよりも、心中を。




残暑なる秋の一日目,あの人はとうとう此処へは来なかった。

まぁ,当たり前だといったらそうかもしれない。
あの人はとても臆病だから,人とあまり関わりを持ちたくないらしいから。
学校のしかも二学期の始業式になんて参加はもちろん,登校さえしないと僕は思っていた。

だから,それが想像から現実になったとしてもなんら支障は無い…,とはいえなかった。

はっきり言って落ち着かない,僕だけじゃない。二のへの教室全体がいつもの倍まとまっていない。
嗚呼,あの人は本当に皆から好かれている,嬉しい,でも嬉しくない。

「まったく,先生は何でいないのよ。こういう時にこそキッチリカッチリ学校へ来るべきだわ。」木津さんが例のごとくキッチリな分け目が綺麗な髪を軽くかきむしりながらヒステリックな声をあげた。
「しょうがないよ木津ちゃん,きっと桃色係長は今海外へ桃色の豚を逃がすのに忙しいんだよ。」カフカさんはまた摩訶不思議なことを言っている。だかそういえばそんな話の内容の本があったなとふと思い出した。


あの人がいないとうちのクラスは本当にまとまらない。
しかし、当の本人はそんなことヒトカケラも思っていない、信じない。

僕は読みかけの太宰治の「女生徒」を半ば素読する様な時間を過ごした。

午後、生徒は帰る、帰ってゆく。
それはどの教室の生徒も同じように。
休み明けの午後授業とはなんとも未だに休みボケの治まらない生徒達への配慮か、それとも日本の平均学力をさらに落とそうとしている政府の策略なのか、多分あの人は後者について深く共感するだろう。
そしてあのきまりの口調で【絶望した!】と。




家へと帰り自室へと階段を上がる、読みかけの本を開き僕はまた素読してしまった。
なんと、勿体ない時間。

あの人の事を考えると【お話】が出てくることがない。
何時も四六時中湧き出る水のように限りなく、流れ込んでくるくせに、あの人を思うとプッつりとまるで緒が切れた様にとても、静かだ。
 それが僕の安らぎでもある。

僕は、本が好きだ、【お話】も好きだ。
だが、それがたまにとても億劫になるときがある、しかし本は僕の自由だか【話】は勝手に出てくるモノだから止まってくれたりしなかった。


だから、僕はあの人が好きなのだ、湧き出る水の勢いを止めるほどにあの人の存在は僕の中で重く、大切だから。
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