銀色のクレパス
□虚無なれば
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虚無なれば
今日は終業式。
「寒っ!」
人の家で文句言うコイツはほんとどういう神経してんの。しかもどかどか遠慮無く部屋へ侵入し暖房まで付けやがった。
銀時がそうしなくても私がスイッチオンしてたから結果は一緒だけど、何だか釈然としない。
銀時は私のことをよく知っていると同時に我が家のことも知っている。だから我が物顔で歩ける。
「寒いんだったら要らないよね?」
お母さんは主婦の忘年会とか言って出掛けてるから私がいちご牛乳をグラスに入れてやる。
「要る、要りますさすがはるゥゥ!!」
なんて現金な奴だ。
そういえば忘れるところだった。恐らくは大切なことを(そして私にとっては些事だ)。
「銀時ぃ」
「何だァ?」
「これ、アンタにって」
鞄にしまっていたピンク色の封筒を渡す。
1年生が「坂田さんに渡して下さい」ってさぁ、私は郵便屋さんじゃないんだけど。って言いたくなる。見返りだって一切無いし。
だけどちゃんと律儀に渡してあげる私ってなんて親切。
「ちゃんと読んであげなよ」
「おー」
銀時は無造作にそれを鞄の中に突っ込んだ。読む気があるのかないのか。死んだ魚の目からじゃ読み取れない。
顔を真っ赤にさせてた女の子が頭に過って何だか気分が落ちる。
こういうことは初めてじゃない。時々あって、そして珍しいことでもない。むかつくことに銀時はモテるのだ。
私はよく銀時に手紙やらバレンタインチョコやら運ぶけれど逆はない。
あれ、私なんか損してないか?
「どーだったァ?」
「何が?」
「女の子ォ」
「可愛かったよー」
「女子の『可愛い』は信用できないんですけどォ」
訊いておいて何なの。大体私は銀時に自分を可愛く見せようだなんて今更思わないっつーの。
「じゃあ訊かないでよ」
「何となくゥ」
絶対にコイツは反省なんかしない。
「ま、信じるも信じないも銀時次第だしー」
「つーか腹減った」
「はいはい。オムライスでいー?」
「おー」
数少ない私の得意料理。これがどうやら銀時はお気に入りのようで少しだけ、銀時の声色が嬉しそうだったから私も何だか嬉しくなった。
私は誰よりも銀時を知っていて、きっと銀時は私を誰よりも知り尽くしている。
「ジャンプ読んで待ってっからよォ」
「相変わらず手伝う気ないよね」
「ねェ」
でしょうね、端から期待しちゃいない。
器用だからご飯だってそこそこ作れる筈なのにコイツは基本的にやる気を出さない。死んだ魚の目で与えられるのを待つのだ。
* * *
オムライスも食べ終わって満足しただろうこいつは何故また私の部屋でくつろいでいるのだろう。しかもベッドの上。
「銀時ィ」
「んだァ?」
「いつまでウチいんの」
「未定ィ」
「私勉強したいんだけど」
「銀さんのことは気にせず勉強して良いぞォ」
「アンタが気にしなくても私は気になるっつーの」
「つれないこと言うんじゃねーの」
腕を捕まれ引っ張られたと思った時には私もベッドの上で銀時を押し通す体勢で。
銀時は甘い香りがする。
「ちょっと、なに」
何すんの、という私の言葉は声にならなかった。
何故なら私の唇は銀時のそれで塞がれていたからだ。
ふわふわの天パの髪がくすぐったい。
離れようにも私の頭は銀時に抑えられていて動けなくて、されるがままにされている。
「…んぅ、…ふ…ん…」
舌をねじ込まれて口内を蹂躙される。銀時の甘い香りが広がる。
ぐるりと重力が反転した。
今度は私が銀時に上から押さえつけられる形でベッドを背中に感じた。
これはまずい。両腕を封じこまれびくともしない。こういう時に感じるのは銀時もやっぱり男なんだということ。
力一杯抵抗するけど銀時は涼しい顔をしている。
「ちょっと大人しくしとけ」
耳元で低い声が聞こえた。
ぞくぞくする。
私がその低い声が好きなのも、耳が弱いことも、コイツは知り尽くしていて確信犯でやってくるのだからタチが悪い。
こうなると私が抵抗できなくなるのも、ぐずぐずに弱るのも、欲望に逆らえないことも、きっと銀時は気付いている。
「ぎ、ん…」
再び唇を塞がれて声を発することができない。
片手で制服のボタンを外されていることは分かっているけれど、欲望がむくりと首をもたげてきていてそれに抗えない。
銀時の大きな手が下着の中へゆるりと侵入してきて思わず息を飲んだ。
熱い。
「よくここまで育ったよな」
決して大きくなかった私の胸は今じゃそこそこの大きさを誇っていた。改めて言われると恥ずかしい。
気が付けば銀時の手は太ももを撫でていた。
ふと銀時に渡したラブレターを思い出した。きっと彼女は私達がこんなことをしているだなんて知らないんだろうな。大丈夫、気持ちは入ってない。何が大丈夫なのかは私にも分かんないけど。
少しだけ胸が痛む。そしてそれに気付かないフリをして蓋をした。
「俺以外のこと考えてんなよ」
はっと気付けばニヤリと嫌らしく笑った銀時の顔が太ももの付け根辺りまで下りていた。慌てて足を閉じようとするものの時既に遅し、顔が邪魔して不可能だった。
ふぅっと息がかかって私の身体がぴくりと跳ねた。
死んだ魚の目が面白そうにこちらを見ているのがちらりと見えた。
圧迫感に一瞬息が止まった。
顔のすぐ横に置かれた銀時の腕がシーツに新たな皺を作る。
「も、むり―――」
「―――俺も、」
「―――ん」
多分最初は気紛れと興味本位だった。
お互い近くに居たしそういうことが気になるお年頃だったとしか言い様がない。
ファーストキスは確か中3。これも何となくだった。理由なんて一切ないし言い訳なんか更にない。
ただお互い近くに居て思春期真っ只中で何となく物足りなくて。ただそれだけだったように思う。
ファーストキスはレモンの味だとか都市伝説もあったけど私の場合はやっぱりというかなんというか、いちご牛乳だった。
銀時は甘い。クセになる甘さだ。だからいつまでたってもやめられない。
お互いに後腐れ無くて良いんだろうな。
なんてセンター試験の過去問を自己採点しながらぼんやりと分析していた。
だけど私達は付き合っていない。
そんな甘い甘い関係じゃない。
ただの幼馴染みなのだ。
2012.09.10