★HAPPY HALLOWEEN!★
□紫ネズ
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「ネズミ、
Trick or Treat♪」
そうか、なるほど。
朝からどことなく機嫌がよかったのはそのせいか。
肌寒い風の吹く日、ピンクと青の混在する不気味ともとれる空の下、俺が仕事から帰って来ると、紫苑が部屋の入口で出迎えると同時に笑顔で言った。
淀みのない2つの紫色は、いつにも増して輝いている気がした。
「あんたなぁ…」
しかし俺にはその輝きは、不愉快を増長させるものでしかない。
どうして家で出迎える立場のやつがその言葉を口にするんだ。本来は家を訪ねて来た子供がその台詞を言って、出迎えた者はお菓子をあげるものじゃないか。
ま、当の出迎えられる立場である俺は、絶対にそんな台詞言わないけど。
俺の目の前に立つ紫苑を押しのけてベッドの横に荷物を置き、代わりにそのわきに置いていた読みかけの本を手に取り、紫苑のほうを振り返って大きくため息をついてみせる。
「陛下、このような粗末な家に、陛下のお口に合うお菓子があるとお思いで?」
イライラを隠しもせずに皮肉ってやった。
けれど紫苑の目の輝きは失われない。
ただ少し驚いたような顔をしただけだった。(俺がのるとでも思ってたのか、)
「ご、ごめん、ちょっと言ってみたかったんだ。そんなに怒ると思わなかった」
「ふん」
俺はベッドに横になり、本を読み始める。
こっちは仕事帰りで疲れてるんだ。悪いけどハロウィンごっこなんかに付き合う気はない。
紫苑をちらりとみると、俺が相手をしなくなったから今度は3匹の小ネズミたちと遊んでいるようだ。
たしかお菓子をあげなかったらそのときは、いたずらをするものじゃなかったか。
紫苑がそんなことまで考えていたかどうかはわからないが、俺の不機嫌な様子にいたずらなんてする気もおきなくなったのかもしれない。
もちろん俺としてもそのほうがありがたい。
俺は本に目を戻し、ページをめくった。
その瞬間。
「うわっ」
頭の真上に掲げていた本から、小さい黒いものが落ちてきた。当然顔の上に着地する。
反射的に起き上がって振り払い、ベッドの上に落ちたそれを見ると、親指の先くらいの大きさの、蜘蛛…
の形に切り取られた、葉っぱだった。
切り口は指で千切ったようなのに、細かい足の形や黒ずんだ落ち葉の色が妙にリアルだ。
「ぷ」
声に振り返ると、紫苑が笑っている。口を押さえてはいるが笑いは全然隠しきれてない。
「ふふ、ははは、こんなに、上手くいくとは思わなかったよ」
紫苑の周りで、小ネズミが3匹ともこっちを見ていた。クラバットなんか首を傾げている。くそ、ご主人様をばかにしやがって。
俺は一瞬ぽかんとしていたことに気づき、そんな自分が間抜けに思えて、紫苑の笑いにつられて笑ってしまった。
さっきまでの不機嫌ももうどうでもよくなった。
「あんた、やるようになったじゃないか」
ひとしきり笑った俺はベッドから降りて、紫苑につかみかかるフリをする。
小ネズミたちはばらばらに走ってどこかへ行った。
つかみかかった俺を受けとめて、じゃれるように取っ組み合いながら紫苑が笑った。
「言っただろ、お菓子をくれなきゃいたずらするぞって」
「、ちょっとまて、あれじゃお菓子をあげてもいたずらされてたじゃないか」
「だってお菓子なんてないことわかってたから。ぼくはお菓子よりもネズミの驚くのを見たかったんだ」
「ちっ」
まったく、してやられた。
最初から紫苑の思惑通りだったわけか。
「ついでに笑顔まで見れたし、大成功だ」
言われてみれば、こんなに笑ったのも久しぶりな気がする。
いつの間にか俺の上にかぶさる形になった紫苑がにっこり笑って、ちゅっと短いキスをした。
2010.10.31