小説短編(パラレル)

□美しい獣
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その夜は満月の美しい日だった。

森の中で黒鋼は獣に出会った。

入らずの森。

村からは入った村人はいない。

『あそこはこわいのがいるよ』

『食べられてしまうよ』

なんども言い含められていた。

わかってはいたのだ。

ここが禁忌の地であることは。

けれど、黒鋼は迷ってしまった。

ぐるぐる歩き、どうするかと思い悩んでいたら今に至る。

銀の毛並みが美しい獣だった。

親戚が話していた、「海」がまさにこういう色と思わせるような
澄んだ蒼い瞳。

すらりとした体躯。

長い耳はいまは垂れている。

あえて言うなら、狼にちかい感じだろうか。

じっと短髪の少年…―黒鋼を見ていた。

「…おまえが、会ってはならないやつか」

獣は答えない。

「俺は黒鋼だ。近くの村に住んでいる。領域を荒らしたのなら謝る。すまねぇ」

黒鋼がいうと、獣は目を瞬かせた。

不思議そうにといった感じだ。

立ち上がったままの獣は、黒鋼に近寄る。

食われるのか?とも思ったが、敵意は感じない。

こつんと額に額があてられる。

くんくんと匂いを嗅がれた。

離れて、獣はしっぽをふった。

くちで、くいくいと合図する。

こちらにこい。と言いたいらしい。

「案内してくれるのか?」

先にたって獣があるく。

後ろを見ては振り返り、黒鋼をみた。

竹藪やら獣道ばかり。

足場の悪いところもあるが、まぁなんとかとおれる道だった。

とつぜん視界が開ける。

「…あ」

村があった。

「すまねぇ」

黒鋼が近寄り礼を言うと、すりすりと獣がちかよる。

どうやらなつかれたらしい。

そういえば、と黒鋼は気づいた。

さっきからこの獣の声を聴いていない。

うっすらとあけられた口に黒鋼は絶句してしまった。

「…おまえ、声…」

舌が無残にも切り取られている。

人間につかまったのだろうか。

めずらしいからと取り囲まれ。

そうして受けたのは…。

「…おまえ、俺も人間だぞ…?それ人間にされたんだろ?」

ふつふつと込みあがる、した人間に対する怒り。

何があったかなんてわからない。

言い含められたあれは、獣の仕返しを恐れてだろうか。

『君は特別だから』

不意に声が聞こえた気がした。

人間ではない獣から。

『お礼したくて。だから』

獣が離れる。

「おい…!!」

森の奥深くへと入っていった。

「…まさか、あいつ」

そういえば、昔、動物のこどもをひろった。

キレイな毛並みで、よくなついていた。

ところがある日いなくなったのだ。

大量の毛と赤黒い血。

名前を呼んで探し回ったが結局みつからなかった。

「……礼なんて俺のほうだろ…」

森に逃げたのか。

飼わないで、森に離すなりすればよかった、
とあのころは何度も後悔していた。

せめて、元気であればいいと願っていたけれど。

「…ったく」


黒鋼は呟く。


不思議なこともあるものだ。

今度はこちらから会いに行こうと、ひそかに決めた黒鋼少年だった。



end.










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