アスシカ

Starting Over
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アスマが横を歩かなくなってもうどれくらい経ったんだろう。
あの男を穴に埋めて封印したところでアスマが帰ってくるわけじゃねえ。
オレの世界はあれから明度をとことんまで下げた。夜なのか朝なのかすらわからねえ毎日。
泣き疲れて眠る夜にももう慣れっこになった。夢にすら出て来ねえアスマ。乾く暇もねえ湿っぽい枕。

...大好きだった恋人は呪いなんて訳のわからねえもんに取り込まれてどっかに消えちまった。

めんどくせえが口癖だったオレを変えたのはアスマだ。
IQ200だなんて喜ぶのが嬉しかった。そのせいで気づいたら参謀の真似なんかするようになった。
オレの作戦はそれまでずっと役に立ってたはずだ。
チョージといのを危険な目に遭わせたことはねえ。オレ自身やべえと思ったこともなかった。

なのに。

どうしてあの日に限ってオレの脳みそはあんなにゆっくりとしか動かなかった?

鎌についたアスマの血を舐めたあいつ。呪い。儀式。地面に描かれた円と三角形。
浮き上がった黒と白の模様。腿を突き刺したあいつと倒れ込んだアスマ。
そこで退かせておけばよかったんだろう。さもなきゃ応援が来るまで交戦を避けるべきだった。
縛るべきは暁のヤツらなんかじゃなかった。アスマのことを影縛りにして逃げておけばよかったのに。

なあ、アスマ。俺がどれだけアンタのこと好きだったかアンタ知らねえだろう?
アスマはオレを抱きながら何度も好きだと繰り返した。オレは一度もそう言わなかった。
だってアスマには紅さんがいたから。半分家庭持ちの男に素直になるなんて馬鹿みてえじゃねえか。

あの日はなぜ焼肉屋に行ったんだった?確かチョウジの誕生会かなんかだ。
いつも以上に腹を膨らまして動けなくなったあいつ。そんなチョウジを送って行くと後を追いかけてったいの。
あいつは口は悪いけど本当はすげえ優しいんだ。そんな二人を見送りながらアスマはぽつりと呟いたっけ。

"いい仲間だな"

ああ自慢の幼なじみだぜ。そう答えたオレに"だが色気は足りねえな"と少しだけ笑った。
足りねえかよ。尖らせた口にアスマの唇が降ってきたから呆然とつっ立ってるしかなかった。
ずっと眺めてた髭は予想以上に柔らかくオレの顎を撫でた。

アスマの部屋は足の踏み場もなかった。今思えばいつ行ってもそうだった。
散らかりっ放しの空間が妙に居心地よくなっていくのはもっと後のことだ。
その日オレは床に散乱したゴミやガラクタを片付け始めた。それを制したアスマの太い腕。

アスマの手が触れただけで胸が苦しくなる。なのにあいつの唇は骨ばったオレの肩を食んだ。
一気に血液の集まった下半身。誰も触ったことのねえ場所をアスマの手のひらが包む。
汚ねえからやめろよ。頭ではそう思うのに口に出すことはできなかった。それまで想像もしてなかった快感。
口の中がどれだけ暖かく湿ってるか初めて身体で知った。ビクついたオレの腰を掴んでアスマは囁いた。

"ずっとこうしたいと思ってた"
"...何言ってんだよ酔っ払いが..."
"酔っ払ってなんかいない、茶化さないで真面目に聞け"
"...だって...アンタには紅さんがいるじゃねえか"

今思えば女みてえな言葉だ。でも少しだけ曇ったアスマの目を見たらオレはもう何も言えなかった。

"...俺はおまえが好きだぞ?"

ああきっとそうなんだろう。アンタが嘘なんかつけるタイプじゃねえことくらい百も承知してる。
おまえが好きだ。そう繰り返すアスマを黙って抱きしめた。きっとここからオレたちは始まったんだ。
腹ん中が破れそうな痛み。だけどオレは幸せだった。荒くなるアスマの息遣いにオレの唇を重ねて。
疲れ切ってまどろむアスマの髭を何回も撫でた。
確かめるように目を開けたアスマは少し笑いながらオレを抱きしめたから、その腕の中で安心して眠った。

アスマがいきなりあんなことを言ったのはオレんちで将棋を指してる最中だった。
なあシカマル、お前成長したな。どういう意味だよ。尋ねたらいや何でもねえよと煙草に火をつけた。
だけどそのあとにアスマが付け加えた一言にイヤな予感がした。
"この里をしっかり守ってくれよな"自分の運命を予感してたのかもしれねえ。今思えばまるで遺言みてえな台詞。

思い出したらまた泣きたいような気持ちになる。あんなに唐突にいなくなっちまうなんて。
薄っぺらな布団の中でアスマの残り香を探す。オレは微かな煙草の匂いに包まれてやっと浅い眠りに落ちる。

...

...

「なにをめそめそしてるんだ、シカマル」

人の気も知らねえくせに暢気なこと言ってんじゃねえよ。全部アンタのせいじゃねえか。
オレを一人置いていなくなっちまったから。ご丁寧にあの人の腹ん中には忘れ形見まで残して。
こんな結末ならちゃんと好きだって伝えておけばよかった。ガキは任せろと安心させてやればよかった。
結局オレは泣いてるだけのただのガキなんだろう。あの時からずっとオレの時間は止まったまま動かねえ。

「おい、とりあえず目を開けてみろ」

...目を開けろ?

ああ、オレは今夢を見てんのか。真っ暗な部屋の中に浮かび上がる困った顔のアスマ。
いくら幻だっつったって銜え煙草はよせよ。未成年のオレの部屋に灰皿なんかねえぞ?
あの時煙草を吸ったのはアンタと同化したかったからじゃねえか。単に一時的な衝動ってやつだ。
好きな男が死んだからって喫煙者にまでなったらオレすげえ情けねえじゃねえか。

「...高速思考はいいが、とりあえず思い切り目を開けないか?」

...は?

やけにリアルに響く声。これは夢でも幻影でもねえ。飛び起きて手を伸ばしたら恋い焦がれたアスマがいた。

「アスマ!?」
「...やっと飲み込んだようだな」
「だって...アンタ...あいつにやられて...」
「死んだが?」
「...ってことは...幽霊...って、じゃあなんでさわれんだよ、普通すり抜けたりすんだろ!?」
「そんなこと俺が知るか、さわれるものはしょうがないだろう」

そんなことはどうでもいい。幽霊だろうとゾンビだろうとアスマはアスマなんだ。
オレを泣かせた男が目の前で喋ってる。そう思った次の瞬間オレはもうアスマにしがみついてた。
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