シカク

枯れない花
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シカクと寝たのはほんの好奇心に過ぎない。四十を過ぎたヤモメ男がどんなふうに女を抱くのかちょっと試してみたかっただけだ。
私と寝ない?そう言うとシカクは驚いた顔をしたけど、世間の常識を振りまわすような野暮な真似はしなかった。
もっともそんな男だと思ったら初めから誘ったりしない。勝てる勝負にしか出ないタイプだ。

安っぽい宿のベッドで抱き合った時シカクは、女の匂いなんて久し振りだと笑った。ああやっぱり遊んでるなと思った。
一夜限りの女でも手を抜かないのは一流の証、もっとも遊び人を極めたところで意味なんてないけど。

あかんべえをしてみろ。言われて目の下を人差し指で押さえる。
そうじゃねえだろう。ほれ、口だけであかんべえをしてみな。戸惑いながら出した舌をちゅるりと吸い込まれる。うわそう来たか。
好き勝手に肌の上を滑る節くれだった手のひら、これが少々刺激的すぎる。なによ私余裕なんかないじゃない。試すどころか試されてるみたい。

なにが望みか言ってみろ。そうねえシカクスペシャルでお願い。大丈夫なふりで言っても上がった息をごまかせてない。
オヤジはしつけえんだぜ覚悟しろよ、なんて口の端を上げただけの笑顔に背中に電気まで走って。
舌なめずりするみたいな顔やめてよ。そんなふうに触らないでよ。大人ぶって誘っといてこれじゃ私かっこ悪すぎじゃない。

ほれもっと声出せ遠慮するこたねえんだ。 言われた通りにしちゃうのはくやしい。
耐えられるとよけい苛めたくなっちまうぜ?もうさんざん焦らされてるのにこれ以上なにを?
声出せって言ってんだろうが。
そんなこと言われなくてももう無理みたい。飛びかけの意識の中で勝負を挑むのは百年早かったと思う。

おまえ相当いい具合じゃねえか。さんざん啼かされて出てきた言葉がありがとう?我ながら笑う。
人のシガレットケースを開けて一本抜く。わざわざマッチで火をつける。硫黄の香りは嫌いじゃない、でもかっこつけずにライター使ってほしい。
なかなか美味い御馳走だったぜ。煙吐きながら言わないでよ。文句を言おうと開きかけた口に突っ込まれる吸いかけの煙草。
毛細血管がきゅっと縮まる。火照った体は鎮まったけど昂る気持ちは醒めてくれない。

もういいから冷たい水をちょうだい。

おめえの身体は凄えなあ。こんな生意気な身体初めてお目にかかったぜ。おめえとしてると年ってもんを忘れちまうな。

この身体が気に召したようで気づいてみれば定期的な情事。一夜限りのはずだったのに。
こう何度も情を交わして平気な女がいるか。いやこの人の周りにはいたのかもしれない。でも思われてるほど私遊んでない。
なぜあんな夜で始めちゃったんだろう。なぜ好きだって言えなかったんだろう。
今さら遅すぎる。シカクにとっては割り切った関係、その証拠にほらまた人の身体を褒めた。

この身体を抱いてた野郎がいると思うと妬けてきちまう。息子までいるくせにぬけぬけとなにを。
ほかの男に抱かれるときは言えよ?口が裂けたってそんなこと言わない、現状あるとも思えない。
ほれ、啼け。スイッチを入れないでよ。なのに意識とは裏腹に口を衝く嬌声。ああもう疎ましいったら。
こんなふうにしておいて冷や水を浴びせないで。なにか言われるたびに頭だけが冷える。

別の野郎に抱かれるときはちゃんと言え、なァ?
二回も念を押すなんてちょっと酷すぎやしない?そんな気はないから出ない声を振り絞る、シカクだけでお腹いっぱい。
ん?俺がいいか、そうか。ならちゃんと口に出してそう言え。
シカクがいい。シカクがいい。でも人の気も知らないで暢気なことばかり言うな。ほら身体まで冷えてきたじゃない。

「好きでもないくせにそんなこと言わないで」

動きが止まる。細い目で人の顔を凝視。何事もなかったようにまた動き出して言う。

「暗黙の了解だと思ってたぜ」
「それどういう意味?」
「そう言やあわかるだろうが」
「私シカクが好きなんだよ?」
「そんなこととっくにわかってらあ」

本当はわかってなんかなかったでしょ?激しくなった動きに封殺された言葉。シカクの呻き声なんて聞いたことなかった。
二人とも馬鹿みたいだ。下手な邪推なんてせずに飛び込むだけでよかったのに。

その日初めてシカクは私の肌に枯れない花を咲かせた。

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