傀儡師
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「何やってんだこんなとこで」

木材のひとかけらのように無表情なサソリが言う

あなたが成長をやめたときからいつかこうなることはわかってたのに


行かないで。


そんな言葉を口にしてみたところで無駄だなんてとうに知れたこと

敢えて口にしてみたのは後悔したくないがための自己満足にすぎない


どうしてあなたは心を閉ざしてしまったんだろう
どうしてあなたを誰も救えなかったんだろう
どうして私はあなたにとってそれだけの存在でしかなかったんだろう


過ぎゆく時の中で人は大切な何かを忘れてゆく
きっとそれはかよわい人間に神さまがくれた贈り物で
そんな恩恵に与れなかったあなたは心を棄てるためにじたばたと足掻き続けて
結果とうとう傀儡になることを選んだ


俯きもせず投げかけられる冷たい視線
胸が潰れそうな思いにこの身を粟立たせても
あなたが再び生身の身体で私を抱くことは、ない。


「そんなことしたって俺は何も感じねえ」


抱きしめてみたのはただ再確認したかっただけ
かつて私を包んだその腕の温もりも子供のようにいとけなかった笑顔も全部
記憶という名のガラクタ置き場に沈めきってしまうために。


「本当にあなたが好きだった」
「ああ」
「どうしても行かなきゃならないの?」
「ああ」


押し問答を繰り返してほんの少し時間を引き延ばしたとしても
傀儡の顔に赤みひとつ浮かばせることもできやしないというのに


「忘れちゃうのかな、私のこと全部」
「...かも知れねえな」
「忘れないでほしいな」


ああ、こんな時にも涙すら出てこない

―― 従順な女が好きだとあなたが言っていたから。

気の利いた言葉もなにも頭に浮かばない

―― そもそも二人でいるときに言葉なんか必要じゃなかった。


私の愛した出来損ないの人間が、いまこの腕を離れようとしている



「もう何も言うことはねえか」


荒れ果てた風景を写したような瞳
残酷なことを残酷な口調で言い捨てたまま

ほんの僅か抱き返してくれた腕の冷たさも微かに震える口調も
永遠に消えない美学を私の胸に刻みつけて去った

それが私の見た動くサソリの最後



―― 中途半端に情なんて残すからこうなる。

きっと最期のその瞬間、あなたは自分を嘲り笑っていたのだろう

―― こんな気分は久し振りだぜ。

自分勝手は変わらぬままで、私のことなど思い出しもせずに。


人形にもなりきれなかったあなたの抜け殻はもう何も感じてはいない

核(こころ)を失ったあなたはやっと安らかな顔になって


永遠に私を操り続ける傀儡師


私はあなたの面影を求め続けて生きる。
 

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