飛角もしくは角飛

プレゼント
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「おーい角都ゥ!!」

飛段の声が遠くから聞こえた。外見だけは繊細な飛段に似合わない低い声が踊っている。
ああまたか。角都は急に痛み出した頭を抱えながら呼びかけを無視して歩き出した。

「おい角都ってェ!!」

小走りに駆け寄ってきた飛段の手に肩を掴まれ、仕方なしに顔だけを向けた。
飛段は楽しそうに笑っている。死神と恐れられている男の邪気のなさは逆に角都を苛立たせた。
「なんだ」と尋ねてはみたもののもう長いつきあいの相棒、飛段の用事などわかりきっている。

"オレ、おめーのこと好きみてーなんだけど"
いつものように半ばふざけた口調でそう言われたのはもう2ヶ月も前だったか。
男に興味などないと突っ撥ねてはみたものの、飛段が諦める様子は一向に見えない。
それどころか街へ行くと出かけては持ち帰られる品物の山に角都は内心うんざりしていた。

最初に手渡されたのは小さな貯金箱だったはずだ。
"金貯めんの、スキなんだろ?"飛段は大口を開けて笑った。角都が喜ぶことを微塵も疑わない態度。
こんな小金など貯めて何になるというんだ。口にするのは簡単だったけれどなぜかそうは言えなかった。
曖昧に礼を言って受け取ると飛段は本当に嬉しそうに笑ったから、きっとこれでよかったんだろうと思った。

今思えばあの時はっきり言っておけばよかった。飛段の顔を眺めながら角都は思う。
あれから飛段は理由をつけて街に出ては趣味の悪い財布やら古書の類まで買ってくるようになった。
飛段が手にしていた本は蔵書の中にとっくに入っている。
それでも入ったこともなかっただろう古本屋で自分のために頭を悩ませている飛段を想像したら、
申し訳ないような腹立たしいような何とも言えない気持ちになった。

"本屋のオヤジが言ってたんだケドよ、スゲー珍しい本らしーぜ!"
"...そうか、すまんな"
"いーっていーって、好きなヤツのためならこんくらい当然だっつーの!"

サラッとそう言ってのける飛段がどこか疎ましい。最後に人を好きになったのはどれくらい前のことだろう。
里を抜けてからはそんなことを考えたこともなかった。かつて愛した者たちはもう既にこの世にはいない。
誰かに執着したところで皆先に死んでいくはずだった。角都の前に飛段が現れるまでは。
愛情などとっくに諦めていた角都を馬鹿にでもするように、不死身の男は日々自分を好きだと繰り返している。

「これ、おめーに」
「...なんだこれは」
「おめーレバ刺しが好きなんだろ?一緒に食おーぜ!」

細くて白い飛段の指がガサガサと白い包みを開ける。
だがその瞬間嬉しそうだった顔は不安げに曇り、上目遣いに角都を見ると情けない声を出した。

「...なんか...色、変わってるみてー...」
「...おまえ、これをいつ買った」
「いつって...街に出てすぐだケド?」

ああ、どうしてこいつはこう馬鹿なんだ。馬鹿の思考回路を読むことは戦闘なんかよりもっと簡単なこと。
飛段にとって優先すべきは何よりも自分だったんだろう。だから真っ先にそのための買い物をした。
だが飛段が街へ出ると言ったのは昨日の夕方のことで、もうとっくに今日の太陽は西に傾いている。

「貸せ!」

泣き出しそうな飛段の手から包みをひったくる。匂いを嗅いでみたがまだ腐りきってはいないようだ。
周囲に落ちている乾いた枝を拾い集めると、角都はおもむろに火を起こし始めた。
薄紅色の瞳が涙目になっている。こいつはなんて顔をしてるんだ。呆れながらも地面に腰を下ろす。
その光景を呆然と見ていた飛段が涙を滲ませたまま怪訝そうな声を出した。

「...角都...何してんだァ...?」
「生では食えなくても焼けば何とかなるかも知れん、いいからおまえも手伝え」
「そっか、おめーやっぱアタマいーな!!」

おまえの頭が悪すぎるんだろう。そう言いたいのをぐっと抑えて火に肉をかざした。
レバーの焼ける香ばしい香りと喜色満面の飛段。情けない顔など見たくなかった。
涙目の飛段を見ていると余計に腹が立つ。がっかりさせたくないと思う自分に嫌でも気づかされて。
そんなふうに思う自分を馬鹿じゃないかと思う。
こんなもの食えるかと放り投げても明日になれば全部忘れてまた街に出る理由を探すような奴なのに。

「...角都ゥ...やっぱコレ、変な味しねぇ?」
「...うるさい、黙って食え」
「オレもーいらねーわ、角都もやめといた方がいーって」

食事を放棄した飛段が心配そうに角都を覗き込んだ。角都は黙ったまま何も答えない。
角都にしてもなぜ自分がむきになって腐りかけのレバーを食べ続けているのか理解できる訳がなかった。
黙って顎を動かしているうちにだんだん腹が立ってきて不機嫌な顔になる。

なぜこいつはこう余計な買い物ばかりするんだ。今までに買ってきたもので使えそうなものなどいくつあった?
物で気を引こうなんて気はきっと全然ないだろう。ただ自分を喜ばせたいという純粋な欲求があるだけ。
これが自分だからいいようなものの、まともな人間が相手だったらいったいこいつはどうするんだ。
まさか不死身などという重い十字架を背負っていることにすら気づいていないんじゃないか?

「なァ角都ゥー...」
「馬鹿かおまえは!」

突然の大声に飛段の体がビクッと後ずさる。角都は不満足な食事をやっと終えると飛段の方に向き直った。

「俺になにか買ってくるのはもう金輪際やめにしろ」
「え...でもよォ...」
「でももへったくれもあるか、金の無駄遣いだ」
「...ひで...」

また泣きだしそうな顔をした飛段。だが飛段は次の瞬間自分の耳を疑った。
角都は出し抜けに飛段を抱きしめると、まるで子供に言い聞かせるようにゆっくりとした口調で言った。

「...おまえがいてくれれば充分だ」
「...ハァ...!?」
「次はなにを持ってくるか、少し楽しみになっていたのは否定できん」
「...かく...ず...?」
「だがこう無駄遣いされては敵わん、暁だって財政に余裕などないんだからな」
「でもオレ...角都を喜ばせたくて...」
「ならずっと阿呆面で笑っていろ」

意味がわからないといったふうに眉をひそめた飛段を見ながら、角都はやっと晴々とした気分になった。
もはや不死は呪いではない。もしそんな存在が本当にいるとすれば不死身の男はきっと神からの贈り物なのだろう。
男に惹かれるなど思ってもいなかったが、どうせ永遠に続く人生の中で不死身同士寄り添うのもそう悪くない。
抱いた腕に力を込めると飛段はやっと笑顔になって、"じゃオレずっとこんな顔してるわ"と角都に向けて笑ってみせた。
まったく、単細胞には敵わん。そう思いながらも無邪気な飛段の笑顔が少しだけ愛しかった。

「角都ゥー...オレ、新しいペンダント欲しーんだケド」
「...自分で買え」
「...いろいろ買いまくったら金なくなっちまった」

やっぱりおまえは馬鹿だろう。そう言いながら角都は、次に街へ行った時は飛段の願いを叶えてやろうと思っていた。
そしてきっと辞退されるだろうけれど、プレゼントには金銭出納帳もつけて。

大きな口を開けてゲハハァと笑う飛段の顔を想像したら、角都は少しだけ嬉しくなって笑った。

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