Novel Y

□甘く惑わすストロベリーレッド(悠羽様・著)
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ちらちらと

   誘ひ漂ふ

      甘い”紅”

惑はされしは


我が心





「…揚修様ー!」

揚修が回廊を歩いていると、背後から少女の声が響いた。
揚修は歩みを止め、少女を迎える為にゆったりと振り返る。

その立ち姿は見るもの全ての目を引かずにはいられない程の自信に溢れ、理知的な光の射す瞳を細めて少女を見つめる。

少女紅秀麗が揚修の元へ辿り着くと、彼は眼鏡をそっと押し上げ、秀麗を誘い再び回廊を歩き出す。

二人の間には僅かに隙間があるのみ。
触れるか触れないかのこの微妙な二人の距離感が、揚修は好きだ。


「でですね揚修様、是非教えて頂きたいことがあるんです!」
「おや?君の師である絳攸ではなく、私に?」

揚修は心底驚いた顔をしつつ傍らの秀麗を見遣ると、秀麗はほんのりと頬を染めていた。


(…いけないいけない)

時々思う。
このお嬢さんは危険だ、と。


別に紅姓だから、というわけではない。だいたいそんなもの、この実力主義の世界には関係ない。
まぁあって損はしないが、出世したくば己の技量ではい上がる世界だ、姓のみで上に昇れる程甘くはない。


揚修が怖いと思うことそれは、紅秀麗という存在が、いつの間にか自分の心に滑り込んできたことだ。


官吏としてはまだまだ半人前な娘だが、少しずつ甘さが削ぎ落とされ、使えるようになってきた様を見ると、その昔、冗官として査察対象だった彼女を思い出す。

あの頃は情けない程使いものにならなかった。榛蘇芳が居なければ、退官の危機だった程に。
従って、揚修の中の秀麗は『使えない』という烙印が押された一官吏にしかすぎなかった。


しかし、ひょんなことから再会し、少しずつ会話する度に、揚修の心の中に有り得ない変化が起こったのだ。

(…まさか、ねぇ…)

本人には全く自覚がないのだが、それが非常に厄介だ。
菜も出来て気立ても良い。十人並みな容姿も目立ち過ぎずに寧ろ好感が持てる。
一つ欠点があるとすれば、馬鹿な叔父がもれなく憑いてくるぐらいか。
…いや、それが一番厄介なのだが。

(いい嫁になれると思った私の勘に、狂いはなかったようですねぇ…)

ふと、そんなことを考え、揚修はハッとした。
…だからこの娘は危険なのだ。この自分に、うっかりそんな想像をさせてしまう程に。


揚修はふと立ち止まり、秀麗の歩みを止めさせ向き合った。

「…紅御史」
「はい!」

ややはにかんだ表情で見上げる瞳に、思わず魅入る。
なんて、澄んだ瞳


気が付けば、揚修は秀麗に口付けしていた。
自分自身でもかなり驚いたが、あることに気付き納得した。

昔を思い出しただけなのに、有り得ないその『先』を想像させる甘い”紅”に、もう捕われているのは事実。

揚修は小さく笑い、秀麗の驚きに見開かれた瞳を覗き込んだ。

「…私に聞くと、後戻り出来ないかも知れませんよ…?」
「…寧ろ、望むところです」

その瞳が驚きから甘さに色を変えた瞬間、揚修は心の枷を外した



甘く惑わすストロベリーレッド
惑わされるのも悪くない











お題:『Paralysis・syndrome』様より
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