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□五月
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五月。



若葉萌ゆ新緑の時期、漸く新入生達も新しい環境に馴れ、友人達との会話に花を咲かせている。


そんな生徒達の中を通り、楸瑛は自分の職場である「保健室」に入った。




風に誘われて木々の匂いが薫る−−それを心地良いと感じながらコーヒーの入ったコップを持ち窓際に身体を寄せた。



(あぁ、またいる)

見下ろせば外庭には、入学式以来楸瑛の心を掴んで離さない少女−−紅 秀麗が地面に座っていた。


彼女は授業以外殆どここにきている−−ずっと楸瑛は気になって見ていたが彼女がクラスメート達と談笑したりする所は今だに見たことがなかった。




「やぁ。そんな所に座っていたら、制服汚れるよ?」

窓からヒョイと顔を出せば秀麗は楸瑛の方に振り向いた。


「…藍、先生…」

秀麗の凛とした澄んだ声が心地良く、楸瑛は目を細めた。

(…あぁ、名前で…"楸瑛"、と、よんでほしいな)


「…先生?」
小首を傾げ、自分を見つめる。そんな些細な仕草すらも可愛いと、思ってしまう。
自分はかなりこの少女に惚れてるんだな、と苦笑が滲んだ。



「いや…、そんな所に座らないでよければここにおいで?…お茶位なら煎れてあげるよ」

…言った後で自分で驚いた。何故って、誰かにお茶を煎れる事など初めてだし、まして具合が悪いわけでもない生徒を保健室に招きいれるなど…


そんな自分の考えを知ってか知らずか−−少女は数拍後、その人形の様な表情を一変させた。

「…いいんですか…?…嬉しい//」
頬を紅く染め微笑む少女−−

その微笑みにまた、私は君に恋をした…−−





五月、新緑の中で深紅の恋に堕ちた…
(もう、抜け出せない)
 

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