■記憶■

□ a cross
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a cross






真っ白で、何も無い場所だった。



何もないし、何も見えないのに、自分は海の近くにいるのだと認識した。



なぜなら、先刻からずっと波の音が聴こえているからだ。



これから俺はどこへ行けばいいのだろう。



自分が誰で何処から来たのかすら思い出せない。



今の自分に在るものは体を貫いた鋭い熱とコンクリートの固さ。



俺の名前らしきものを呼ぶ誰かの悲痛な叫びと降り注ぐ雨の冷たさ。



それとともに、内で渦巻く暗い思念と拭い切れない後悔。



あとは、笑顔。




それだけが、今の俺を形成している。



この無限としか言いようのない場所で俺の中でそれはせめぎ合い、俺自身とも呼べる 記憶や感情を全て奪いとっていった。



そしてこれだけが残った。



何でこの笑顔は消えないのだろう。



何でこの笑顔は俺の中に在るのだろう。



負のモノしか抱えていない自分にとって、この笑顔は救いだった。



何度、鋭い熱さに焼かれ、暗い思念に飲み込まれ、狂いそうな後悔の波に攫われても。



一瞬だけよぎるこの笑顔のお陰で耐えられていた。



これがよぎると、無性にどこかが熱くなるような、もう自分には無い筈の温かい何かが宿る気がして。



増幅されていく負の感情に揉まれ続けるだけの俺には、それだけ待ち望んでいた瞬間だったのに。



でも多分、これも、もうすぐ消えていく。
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