一葉
□苦手なもの
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と、あるアジアの小国の習わしに従って一月後。
その小国の習わしでお返しをする日。
つまりホワイトデー。
ものの本によると、何やらその昔、マシュマロやキャンディを渡す風習だったらしい。
今は結構なんでもアリのようだが。
「ふぅん、よーするに菓子を返せばいいわけか」
ロックオンは図書館でその小国の風俗的な本をパラパラめくっていた。
同じくティエリアも図書館に付き合ってきているが、彼は端末で閲覧している。
本を元の場所に戻し、ティエリアの所にいく。
「もう、いいんですか?」
「ああ、探し物は見つかったよ」
何故だろう、ネットで検索すれば直ぐに答えなど出てくるのにわざわざこんな所まで来て、尚且つ紙媒体を探すなんて。
データベース化したものがあるのに。
その疑問をロックオンに投げ掛けた。
「こう、さ。アトランダムに検索できるじゃん。で、一見無駄そうな行為の中に大事なものがあるんだよ」
「そういうものなのか?」
「手間をかけるって大事なんだぜ?」
全く、この人は合理的でないことが多い。
あの、球状のAIを相棒と呼んだり。
つまらない風習をして欲しがったり。
何とも理解しがたい、が、それが自分の好きな人だ。
「ティエリア、はい、ホワイトデー」
「は?」
ティエリアはホワイトデーの存在を知らないので、まずその趣旨を説明する。
「…成る程、趣旨は分かった。しかし…」
渡された可愛いパッケージの中には、これまた可愛い個別包装のピンクのマシュマロだった。
実はティエリアは固形物が苦手。
いつも食事はゼリー飲料でロックオンに叱られている。
昔一度だけ口にしたマシュマロの…あの食感と味と…栄養価の無さに、二度と口にしないと思ったのだが。
ピンクを選んだのだって、僕はピンクが好きだと思ってるからだろう。
別に僕は意識してない、ただ僕の手に集まるものはピンク率が高いが…。
それをいうと彼は『それが好きって事だ』というが。
「マシュマロ嫌いか?」
嫌いかと言われると…食べろと言われるなら食べられるが。
「嫌いではない、だが、好きでもない」
正直に答えた、いつも彼は素直に気持ちを言えというので。
「苦手なんだな、ごめんな、違うもの用意するよ」
そう言って僕の手からマシュマロの箱をそっと取ろうとする。
「駄目だ、これがいい」
彼の手から箱を庇う。
「ティエリア?だって苦手なんだろ?」
「貴方はこれを食べたことがあるか?」
「そりゃもちろん、大事な人に渡すんだから自分でも味見したさ」
「なら、尚更これがいい」
だって、わざわざ探して、味見までして僕の為に買ってきてくれたんでしょう?
「貴方が僕のために選んでくれたコレがいい」
なんて嬉しい事言ってくれるんでしょうね、お姫様。
もう、お兄さん、押し倒しちゃいそうだよ。
固形物苦手なうえ、苦手なマシュマロ。
俺のベッドの上にペタリと座り、箱を膝に置いて、一つ手に取る。
包装を破り…暫く眺めていたがパクっと一口。
もくもくと口を動かす。
瞳を大きく開いて此方をみる。
「ロックオン、溶けた!前に食べたのと全然違う!いちご味がした」
「そうだろ?これは工場で作られてないんだ。手作りの店のいちごマシュマロなんだよ」
「手作り…」
しげしげと包装されたマシュマロを見つめるティエリア。
「たくさん作れないし、コストも高いが…おいしいだろ?」
首を縦にコクコクと振るティエリアが可愛い。
「食べると言う事は…奥が深い…」
「食事が大事だって分かってきた?」
「理解した」
ティエリアは大事そうに箱を手で包んでいる。
「貴方が選んでくれたものだから…美味しい。マシュマロは食感が嫌いだったが、これは美味しい」
「ティエリア…」
「最近、貴方と食事をすると…美味しいと感じる。いい事なんだな、これは」
そういいながら、穏やかで優しく笑うティエリア。
昔ならこんな顔しなかった。
あまりに綺麗で、愛しくて…。
そっとティエリアに触れる。
ゆっくりゆっくり、彼を怖がらせないように慎重に。
俺の大事なお姫様。
気持ち良さそうに目を閉じて、髪を撫でられている。
綺麗なサラサラの髪を手で鋤くとするりと手から落ちて行く。
ああ、駄目だ。
まだお姫様は準備が出来てない。
だけど俺が我慢出来ない。
「ティエリア…ごめんな」
一言、小さく甘く囁き、ティエリアの後頭部をその大きな手で引き寄せる。
何が起こったのか、わからなかった。