月なきみそらの剣士

□いつか終わる夢
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私の前に広がる雲ひとつない真っ青な空と
太陽を反射してきらきら光る海。





屋敷とその敷地内くらいしか
まともに出たことがなかった私が
こんな広い海の真ん中にいるなんて!


これは夢なのかも知れない。



いや



夢であって欲しい・・・。



そう、何故なら私は今
誰の許可も得ずに此処にいるんだ。
こんなことがバレたら私は・・・
私は・・・!!!!



『はぁ・・・』



そんな事をぐるぐる考えていたら
不安と罪悪感にまみれたため息が
思わずこぼれてしまったようで
満足そうに遠ざかる陸をじっと眺めていた二人が同時に反応した。




「名無し、顔が真っ青だが
具合でも悪いのか」



すぐに駆け寄ってきたのは
ファザーン王国の第2王子。
アルフレート殿下。


『・・・そりゃ、具合も悪くなりますよ』


「ああ・・・
本当にすまない」


いくらかマトモな彼は今の私の状況を
本気で気にかけていてくれていたようで
思わず苛立ちを込めてかえした返事に
困った顔で元気をなくしてしまった。

そんな彼の表情を見て私は慌てて反省する。
そもそもアルフレートは悪くないのだから。


気持ちを入れ替え
今度はできるだけ優しい声で
明るくアルフレートに話しかけてみた。


『ごめんなさい、アルフレート様。
体調は全然平気なんです。
ただ・・・
ルシア様とエリク様を迎えに行って
お城に帰った時のことを考えると・・・
そりゃもう、恐ろしくて』


ベルントなんかに知れたらとんでもない。


ベルントの事だ。
罰として城中をすべて掃除しろ!なんて
無茶を言われるかも知れない。
ああ、あり得る・・・。
自分で想像しておいて
すっかり恐ろしくなってしまった。


「しかし、許可のないお前を
無理矢理連れてきてしまったのは俺達だ。
帰還すればもちろん俺も一緒に謝りに行く。
だから、元気を出してくれないか。
頼む、この通りだ」



『や、ちょっっと
大丈夫ですって、頭をあげてくださいっ』


一般人の私が
殿下と呼ばれるアルフレートに頭を下げられ
周りの視線を感じないわけが無い。
アルフレートに頭をあげさせようと
慌てる私を余所に
隣りから悔しいほど涼しげな声が掛けられた。



「何を言う。
お前が城に居ると息が詰まるというから
俺達が連れ出してやったんじゃないか。
むしろ感謝して欲しいくらいだな。
それに、
第1王位を持つ俺が許可を出したんだ。
お前は誰に咎められると言うのだ」



そう言って
良い感じに潮風に吹かれているのは


この船の出航を見送る私の手を
何を思ったか突然引き上げ
あっと言う間に私を
海の真ん中に連れ出した張本人・・・
というか元凶。


『では、マティアス様・・・
ただ今の、私の名目は何でしょうか』


「護衛とでも言っておけばいいだろう」


『今の私は剣すら持っていませんが!』


隣りでアルフレート様が呆れて首を振る。


「下手な誤魔化しは
できそうに無いようだな」


どうしてこうなってしまったのか。
思い返せば数時間前の話しになる・・・





今日は大切な休暇だった。


「マティアス殿下とアルフレート殿下が
ルシア様とエリク様の2人を迎えに船で
ザルディーネへ行かれる」
そう聞いてから出発までの日にちは短く
気が付いたときには私の休暇と出港の日は
見事に被ってしまっていた。

謀られたかのように・・・。


やがて私には命令が下されたんだ。
「名無し、殿下自らの命令だ。
明日、お前は港に殿下達のお見送りに行け」
そう言ってベルントが許してくれた外出。

私はひとり、庶民の女性のような格好で
兵士達に囲まれながら馬車で港へ向かった。


あ、思い出した。
私が今、こんなに軽装なのは
公務以外では装備は必要ないと言って
ベルントが剣の携帯を頑なに許してくれなかったんだ。
怒られる項目が減り、私は胸を撫で下ろす。



王家専用とはいえ
王位継承者を4人も乗せる船だ。
乗っている者は皆、装備に抜かりは無い。
殿下である二人でさえ腰に剣を携えているのに
護衛である私はもはや兵服ですらない。
やはりワンピースでは浮きまくりだ。


もちろん、この船に乗っている兵士達は
ファザーンの兵士だから顔馴染みばかりだけど
それでもなんだか居心地が悪かった。


『うぅ・・・』



縮こまっている私の肩に手を置くのは
やっぱり状況の深刻さを把握していない彼。



「お前は何も気にするな。
俺が特別に全て責任を持ってやろう。
だから、
お前は俺の恋人の気分で此処にいればいい」


そしてお屋敷やファザーンの地では
絶対に見せないような笑顔で私を後ろから
被さる様に抱き締めるマティアス。


いつもそうしてれば
きっといろんな誤解は解けるんだろうケド
絶対に彼はそうしない。
そうできない理由はあるにしろ。


「マティアス。
仮にも俺達は喪に服している身。
あまりそのような・・・」


「そうだったな、忘れていた」


いつに無く楽しそうなマティアスを
何故か少し不機嫌なアルフレートが咎め
ようやく私は自由な身になった。


何を隠そう、実は
今アルフレートが言ったように
先日、現国王が亡くなり後日その葬儀を行う。
その出席の為、学園に通う二人を迎えに向かっている最中。


マティアスもアルフレートも
たぶん他の二人も、
国王の父とは疎遠だったのを理由に
あまり悲しんでなんかいないようだ。
それどころか、息苦しさから解放された今
心の底から楽しんでいるようにも見える。




「もうすぐザルディーネに到着するようだ。
あれは王立学園か、懐かしいな」


「そうだな」



目の前に見えてきた大陸の
小高い山の上にある建物。
共通の思い出に二人は目を細めていた。




ザルディーネ王立学園。



私にもこの二人と同じ
学園の記憶を持っていた。


実は私
学園よりも前の記憶っていうものが
ほとんどないといっても過言じゃないけど
私はそれでも良いんだ。



10年前の戦争で血だらけになった私を
ベルントが戦場で拾ってくれて
素質があると言って剣を教えて貰ったから
私は殿下達の命を守るお仕事を頂いた。


私は幸せ者だ。



「おい。
名無し、どうかしたのか?」


思いに耽っていると急にアルフレートが
目の前にいた。
髪同士が触れているこの距離は
流石に驚いてしまって


『わぁっ!』


思わず声を出して仰け反ってしまった。
その時、何かを踏んずけて「ギャッ」と
変な声が聞こえた気がしたけど
きっと気のせい。


それよりも


「す、すすすまない。
流石に近すぎたようだ・・・。
その・・・お前が急に動かなくなったから
どうしたのかと思ったんだが」


私以上に顔を赤くし
あたふたする純情なアルフレートが面白くて
私は笑ってしまった。
彼がこういうのに疎いことは長い付き合いで
よく知っていたけども。


「名無し、何がそんなに面白いのだ。
っ!マティアスまで」


気が付けばマティアスまで
声を出して笑っていた。
本当に今日のマティアスは機嫌が良い。


「アルフレート、
それではどちらが女かわからない反応だぞ」


「なっ!?」


そう言われてしまったアルフレートは
何か言い返したそうに口を開けるが
私と目が合った途端、さらに顔を赤くして
再び俯いてしまう。


一度こうなった彼はしばらく戻ってこない。
男気溢れるいつものアルフレートさんは
何処へ行ってしまったのやら。



私達がそうこうしている間に
船は港に到着しようとしているようだ。




「名無し」




ふと
私は名前を呼ばれた。






呼んだのは
良い感じに潮風に吹かれながら
目の前に手を差し伸べている彼。



逆光だからか
金色の髪がまぶしい。




「お前に剣は、必要ない」






『どうして』とは
聞けなかった。






貴方の顔が
明るい太陽にも
真っ青な空にも
キラキラ光る海にも似合わないほど



寂しそうだったから。





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