月なきみそらの剣士

□父のような存在
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ファザーンから遥々殿下の二人が来ると聞いて
港にはたくさんの民衆が集まっていたようで
船は盛大な歓声に迎えられ港に定着した。


足早に兵士達が下船準備を済ませ
安全を確かめるように船から降りていく。


殿下達もそれに続くのだろう。


さて
私はどうしよう。



ついて来るつもりはなかったし
そもそも此処に居てはいけない身だ。
そんな私は二人が帰ってくるまで
せめて船の上で待機という選択が普通で・・・



「何をしている。置いていくぞ」



『どうぞ、置いていってください』



私の返事に眉を一瞬顰めたマティアスだが
何を思ったか動こうとしない私の腕を掴み
そのまま引っ張るではないか。


『えっ、ちょっとマティアス殿下!?
私は此処で待機を・・・』


「ダメだ」


マティアスは本日も通常運転。
私の意見主張はてんで聞いてくれない。


諦めたように引きずられる私を見て
アルフレートも苦笑するものの助けるつもりは無いようだ。


「付き合せてすまない。
だが、お前が来てくれればルシアもエリクも
きっと喜ぶだろうからな」


アルフレートにそう言われてしまっては
私も行かないわけにいかない。


私だって
久しぶりにルシアとエリクに会えるって聞いて
すごく楽しみだったから。


正直に言ってしまえば
屋敷で皆が帰ってくるのを
待つだけの日々が来るなんてすごく嫌だった。
だからこうして自ら二人を迎えに行けるなんて
夢にも思わず嬉しくて仕方ない。

だって、私には遠出の許しなんて
絶対に降りないから。


それが


目の前には


二度と来る事ができないだろうと思っていた
愛しの母校と
弟のようにかわいい二人。


「よぉ、早かったじゃん。
マティアス、アルフレート・・・と
ええっ!?」


「わぁぁ!!名無しだぁ!!」


信じられないものを見たといいそうなルシアと
嬉しそうに抱きつくエリクの顔を交互に見て
私の笑みはさっきから零れっぱなしだ。


特に腕の中にいるエリクは
可愛くて仕方ない。


「わぁい!会いたかった!
ねぇ、いつもみたいに頭なでなでして?」


リクエスト通りに
屋敷にいた頃と同じように
エリクの頭をなでなでしてあげた。
その様子をルシアが呆れたように見ている。


『私もすごく会いたかったんですから!
あ、ルシアにも』



「・・・オイ」



むすっと眉間にシワを寄せて不機嫌なフリをしているけど
口元が緩んでいるルシアは
やっぱり素直じゃない、いつものルシアだ。


離れていたのにちっとも変らない彼に
私は嬉しいメーターが振り切ってしまって
エリクからそっと身体を離すと
今度は勢いよくルシアに飛びついてみた。


『嘘。
ルシアに会いたかった!』


「わぁっ!?」



私が無計画に飛び込んだせいで
ルシアは少しよろけていたが
それでもしっかりと受け止めてくれた。


抱き締めてみてわかったけど
見ない間にルシアはすっかり成長していて
一回り大きくなった背中に身長。
顔だって私の方が少し顔をあげないと見えない。


「ッ!!」


なんて考えながら顔を上げると
ルシアも私の顔を見ようとしていたようで
お互いの唇が触れそうな状況になった。


ほんの数センチ。



「ば、ばか!
くっつき過ぎだッ!!」


さっきのアルフレート以上に赤面したルシアは
乱暴に私の身体を押し退けて慌ててるので
なんだかずいぶん申し訳なくなってしまい


『・・・ごめん』


私は感情のまま抱きついた事を謝ってみた。


「おいおい・・・謝るなよ。
別に、イヤってわけじゃねぇよ・・・
ってか、お前は女なんだし・・・」



「ねぇ、マティアス。
なんでルシアはあんなに真っ赤なの?」



「エリク、それはだな。
ルシアはアルフレートと同じ、純情だからだ。
俺は此処に来る途中・・・」



「マティアス、頼むからもう忘れてくれ!」



歯切れの悪いルシアに追い討ちをかけるように
悪気の無いエリクがマティアスに質問し
マティアスの回答によって巻き込まれたアルフレート。


誰がどう見たって仲良しで
気を許し合った兄弟。



それそれ母親の違う彼らが何故
ここまで親交を深めようとするのか。
それは血なまぐさい王位継承権をめぐる
家同士の戦いを自分達の代で
無くそうとしているから。



次期国王、それはマティアス。



ここにいる誰もがそれを望んでいるんだ。



「葬儀まで時間がない。
そろそろ船に戻ったほうがいい」


「ああ、そうだな。
お前達、準備は出来ているんだろうな?」


マティアスの問いにルシアとエリクは頷く。


「子ども扱いしないでくれよ、マティアス」


「お前は十分まだ子供だ」


二人のやり取りに笑みを浮かべていると
隣りを歩くエリクが急にそわそわしだした。
その異変に気が付いたのは
私だけではなかったようで


「なんだ、エリク。トイレか?」


「ちがうよ!アルフレートと一緒にしないで」


エリクの一言でショックを受けたアルフレート。
彼の敗因はデリカシーの無さ・・・でしょう。



『それじゃ、どうしました?』


「あの、あのね」



もじもじと恥ずかしそうに差し出したのは
言動とは少し離れている成長した手。


「手をね、繋いで欲しいの」


『はいっ』



実際にその手を握ってみると
少し骨ばった男の人になりかけた手だった。


エリクの体も着実に成長している。
そうなると、アレもそろそろ限界だろう。


エリクに視線を向けると
背中に乗っかったカエルのぬいぐるみと
目が合った、そんな気がした。









そして再び
船の上。




「名無しと外に出られるなんて
初めてだよね!今日は平気なの?」


「そーそれ、俺も思った。
よくあのベルントが許してくれたよな」




事情を知らない二人の発言で
これから起こるであろう地獄絵図を思い出し
私の気分は急激に悪くなる。



「今頃ベルントは血眼になって
お前を探しているかもしれないな」


そんな私をからかうように
恐ろしいことを耳打ちしてくるのは
私の主、マティアス殿下。


「確かにそうやもしれないな。
ベルントは名無しの父のような方だ。
大切な娘を勝手に連れ出したとなれば
俺達もただでは済まないかも知れないぞ」


自分で言っておきながら
額に汗を滲ますアルフレート。


もうやめてっ!


「従者のくせに箱入りだもんな。
なんてーか
ありゃもう箱入りってレベルじゃねぇし。
お前、なんか昔やらかしたんじゃねーの?」


『うっ・・・』


昔の記憶が無くて答えられないのを良い事に
バッサリと言い放ったルシアの頭を
アルフレートが代わりに小突いてくれた。


「いてて、冗談に決まってんだろ。
つーか、アルフレート。
名無しとは一番古いんだろ?
なんか知ってる事あるんじゃねぇの」



「ええっ!?名無しの秘密を知ってるの?
ずるいよアルフレート!」


マティアスもエリクも
珍しくルシアに同調するように
アルフレートに視線が集中させた。
もちろん、私も。



「いや、俺が知っているのは
おそらく大したことではない」



そうは言うものの
言葉にするのを躊躇うような仕草に
私はちょっとだけ息を飲む。


「名無しがハイドリッヒ家に従う頃には
既に外出を許されていなかったと聞いている。
恐らく、アルフレートと出会う前から
何か問題があったのだろう」


「なーんだ、つまんねぇ」



言葉が出ないアルフレートを
マティアスがフォローしたところで
この話はお開きとなった。


というのも



「わぁ!みてみて!
あそこに黒猫がいるよ!」


「マジかよ。なんで俺達の船に?
って、エリク待てよ!」


予想外の乗客の登場で
強制的に終わった感じ。



そういえば
考えた事もなかったなぁ。
ここまで頑なに
外出してはいけないという理由。


私が殿下直々で
色々な秘密でも漏らされるといけないから?
それとも本当に
記憶が無い間に何かやらかしてしまったから?


ぬーん。と考え込んでいると
突然、大きな手が頭に置かれたかと思うと
わしゃわしゃと無茶苦茶に頭を撫でられた。


「ベルントの気持ちもわからんでもない。
大切なものほど近くに置いておきたいものだ。
過保護が行き過ぎた結果というやつだな」



そう言って私にニッと笑ってみせた。
マティアスは必ず、意地悪をした後に
こんな風に優しくしてくれる。
マティアスって本当は優しいんだよ。



「わかったなら、いい。
俺達もあの猫を捕まえに行こう。
誰が先に捕まえられるか勝負だ」



そういって高貴なマントを翻し走り去る姿は
意外にもエリクと同じくらい子供っぽい。
彼の心を許した人間にしか見せない姿に
私は頬を緩ませて
その幸せな光景を見ていたんだけど





「だといいんだが、な」


その時、無意識に呟かれたアルフレートの
なんでもなさそうな言葉を
私は聞き逃せなかった。



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