月なきみそらの剣士

□赤い月の盟約
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それから数年経ち
今度は地上で
名無しと再会することとなった。



『はじめまして!
本日よりこちらでお世話になります
名無し・ファウストと申します!
どうぞ、よろしくお願い致しますっ』



ハイドリッヒ家。
つまり俺達の屋敷のドアを開けると
名無しが立っていた。


「名無し・・・?」


名を呼ばれ顔を上げた名無しは
俺を見るなり驚いた顔になる。
もちろん、俺もだ。


『あ、あれ?
アルフレート・・・?』



数年も時間が空いているというのに
お互い名前まで覚え合っている事が
ただただ嬉しかった。


なんと言っても
俺の記憶は鮮明に残っている。



あの出来事があった後
一週間もしないうちに名無しはあの牢から
姿を消してしまった。


何日も名無しの姿を城で捜してはみたが
結局手詰まりになってしまい
捜索を諦めてしまった記憶はまだ新しい。

そんな俺の前に
なんと彼女が俺達の護衛兼お世話役として
この家にやって来たのだ。



「よ、よろしく、頼むぞ。
僕はディルクだ」


実際に動く彼女を前にディルクは頬を染め
いくらか成長した彼は見たことがない程
大人の振りをして挨拶をしていた。


『よろしくお願いします。
ディルク殿下』


「〜〜〜///」


そんなディルクに
柔らかく笑いかけるものだから
真正面に居なかった俺でさえ赤面してしまう。



動く彼女の印象は
とにかくよく笑うということだ。



女性の笑顔に慣れていない俺達にとって
これほど有効な必殺技は存在しないと言っても
過言ではないだろう。




だが、
彼女の魅力はそれだけではない。




「名無し、僕のローブは何処だ」


ある日
部屋に入ってくるなり
ディルクは彼女を呼びつけた。



『今朝、広間の椅子に
かかっているのを見た気がします』



「お前は・・・
僕にそれをとりに行けと言うのか」



彼女の返答に明らかに
機嫌が悪くしたディルク。
最近の弟は傲慢が過ぎる。
兄である俺が咎めようと口を開いたその時




『私はメイドではありません、ディルク様。
ですが、貴方の付き人です。
よければ一緒に取りに参りましょう』



そう言い笑顔で手を差し伸べられれば
意地を張っていたディルクもやがて
黙ってその手を取り立ち上がるのだ。


メイドではなく、付き人。
彼女の腰には立派な剣が差されている。



噂によると彼女はかなり腕を持つ剣士だそうで
マティアスと同じ
宰相のベルントに剣を教わったらしい。


出会った頃の病弱なイメージが一瞬で飛ぶ
そんな話だった。



実際、当時一度だけ
名無しに手合わせを挑んだ事があったが
数分で俺の剣が遠くに吹き飛ばされ
降参させられた事を覚えている。



それから
俺は鍛錬を欠かさず行うと決めた・・・。








『アルフレート様、何処へ行かれるのです?』




「少し、庭を散歩しに行くつもりなんだが
良ければ・・・その・・・名無しも来ないか?」


『はい!』


俺が出かけようとすると
散歩だろうが鍛錬だろうが
名無しは何処へでも付いてくるようになった。



それが付き人の仕事だからなのだろうか。
俺にはそんなことどうでも良かったのだ。



名無しと話しながら散歩して
笑い合って距離を縮めて
そして、ふと
名無しの横顔を覗き見ては
一人頬を染めるのが俺の幸せだった。



『何でしょう?私の顔
何かついていましたか?』


「あ、い、いや!
何でもないんだ」



そしてたまに
それが見つかり更に顔を赤くする事もあった。










「名無し、怖い夢を見たから眠れない」



他人に弱みを見せないディルクも珍しく
名無しには甘えていた。


こんな時名無しは
そんなこと専属のメイドに頼めとは言わず
優しくディルクを包み込む。



『わかりました。
寝相の悪い私が隣りで眠って
もっと怖い夢を見せてあげましょう』


「僕をベッドから落したら
ただじゃおかないからな」


そう言うディルクはとても嬉しそうで
ここにいる誰もが笑顔になる。



こんな幸せそうな弟の姿も
俺の心の温かさも


すべてお前が教えてくれた。



俺達はこの先もきっと
名無しが必要なんだろう。








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