月なきみそらの剣士

□変らないもの
1ページ/1ページ



王家所有の船ではあるけれど
大した距離を往復するわけでもないので
用意されたのは小型の船だった。



ハズなのだが



猫一匹捕まえるのも
十分苦労する広さでした。



「おい、ルシア。
そちらに行ったぞ」



「あいよ任せな・・・ってうおっ!?」



マティアスの方から
黒い塊がルシアの方に向かってくる。
ルシアはそれを捕まえようとするも空振り。
その拍子に置いてあった箱の山に倒れこんだ。


「あはは!ルシアったらぁ」


「うるせーぞ、エリク!
甲板の方へ行ったみたいだ。
アルフレート、後は頼んだ・・・」



「任せておけ」



崩れた箱の山からルシアがひらひらと手をあげ
エリクがそれをお腹を抱えて笑っている。



殿下4人。
船旅は暇らしく先程現れた黒猫ちゃんを
大人気なく捕まえるゲームに白熱していた。


「名無し、何をサボっている。
俺達のサポートにまわれ」


「名無しは左を固めてくれ。
マティアスは右を・・・
俺が正面から追い詰める」



渋々甲板に向かった二人を追いかけてみると
楽しそう、というより真剣な表情の
マティアスとアルフレート。




私はアルフレートに言われたとおり
かわいそうに追い詰められた
黒猫ちゃんの左側に立つ。


じりじりとアルフレートが距離を縮めると
やがて黒猫ちゃんは焦ったように
辺りを見回して

そして


「にゃっ」



『わっ』



左側、つまり私の胸に飛び込んできた。



咄嗟に受け止めたので
黒猫ちゃんは私の胸に抱きかかえられている
そんな状態となった。


「なんだ、この猫もオスか。
名無しを選ぶとはなかなかなものだ」


「だが、なんとも
羨ましい・・・ご、ごほんっ」



結局、
誰が一番早く猫を捕まえられるかゲームは
なんと私が勝利を収めてしまったのでした。


「何だよ、名無しが捕まえちまったのか。
俺が追い込んでやったんだから感謝しろよ」


「いいなぁ、僕も名無しに
あんな風に抱かれたいなぁ」


エリクと助け出されたルシアが
甲板にやって来た。




「ごろごろ」


それにしてもこの黒猫ちゃん
さっきからすごく胸の辺りに擦り寄ってくる。
なんだ、思ったより人懐こくてかわいいなぁ。


なんて考えていると


突然、黒猫ちゃんの姿が腕の中から消えた。



顔をあげてみると


「調子に乗りすぎだ。
名無しを独占するなど10年早い」



不機嫌そうなマティアスが猫の首元を掴み
持ち上げていた。
黒猫ちゃんはじたばたと足掻く。

だけど

「うっ・・・!!」


顔色を変えたマティアスが黒猫ちゃんを
手放したと思うと私の方へ倒れかけた。



私はこの理由を知っている。



『先程、自分でおっしゃったじゃないですか。
あの猫ちゃんはオスだって』



「馬鹿を言え。
さすがの俺も動物のオスにまで反応などする
・・・つもりはない」


とは言いますけど・・・
実際に反応してますよ。とは
言葉にしなかったが
程度は軽かったようでマティアスはすぐに立ち上がった。


マティアスは男性に触れられると
蕁麻疹が出てしまう。
それは兄弟のアルフレートやルシアにも同じ。
エリクには平気みたいだけど。


私も最初は余裕で気高いイメージの強い彼が
そんな疾患を持っていたのは驚きだった。



「で、また猫が逃げちまったわけだが・・・
これは第2ラウンド開始しかないだろ!」


「さんせーい!」



ルシアとエリクが楽しそうに走り去り
甲板には私とマティアスとアルフレートが残る。




「もう、終わりか」




マティアスがポツリとこぼした言葉に
私は船の進行方向を見る。


遠くかすんで見えてきたのは
ファザーンの大地だった。


本当だ、終わってしまう。



「アルフレート、葬儀の間
俺の屋敷に来ないか。
父上が残した仕事が終わりそうも無い」



「・・・いいのか?」


マティアスがアルフレートを屋敷に呼ぶのは
よくあることだったが
国王がなくなった今、王位継承のことで
イヤでも神経を尖らせ気を遣う時期だ。

もっとも、殿下達の間ではそのようなことは
一切無いのだけど。


「俺と名無しだけでは
どうも終わりそうも無いからな。どう見ても
名無しはペンを握るのに向いていないだろう」


『それは、マティアス様だって・・・』



確かに私は執務には向いていない。
そもそもジッとしていられないから。



「名無しがジッとしていられないのは
学園に居るときから変わっていないようだな」




私は先程訪れた母校を思い出す。



平民であるはずの私も何故か
あの有名なザルディーネの卒業生なのだ。




「今日の船旅は
あの頃の次に楽しかった」



マティアスが思い出すように目を細める。



「ああ」


アルフレートも。



二人が楽しかったと言う記憶の中に
自分も存在するということが嬉しくて
くすぐったい気持ちになった。



「名無し、お前はどうだ」



マティアスの問いかけに
私は大きく頷いた。


『ついてきて
良かったです』




今日の船旅も



貴方にも。




ふたつの意味で
この人についてきて良かった。


私の望んでいる事を
叶えてくれるから。



「そうだろう」




マティアスは口元に笑みを浮かべると
私とアルフレートを置いて颯爽と何処かへ行ってしまった。




「変らない、か。
くっ、はっはっは」



私には



『むっ、何故笑うのですか!
怒りますよ、アルフレート様』




傍で支えたい人がいて



「すまない。悪い意味じゃない。
お前はいつまでもお前なのだなと思って
嬉しくなっただけだ」



マティアスはそれをわかっていて
私を彼の傍に置いてくれる。



『・・・私は、ずっと私ですよ!』



「そうでなくては俺が困る」




私はマティアス殿下の付き人。
そして彼はマティアスに忠義を尽くす剣士。



アルフレートはこの先ずっと
マティアスが王になることを支える。


そして私は
それを選んだアルフレートを支えたい。



そう私達は
誓い合ったんだ。




.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ