月なきみそらの剣士

□赤い月の盟約
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俺が望むことなんて
ひとつしかなかった。


それは決して
王になろうという野心などではない。











俺は家族の意向とは異なり
王位継承なんてものに興味はなかった。
それどころか煩わしいとさえ感じている。


兄のエーベルが執拗に執着している一方で
俺はそのような不毛な争いで
他家と険悪なになる方がよっぽど嫌だった。


俺は野心も欲も持っていない。
地位も名誉もいらない。


だから、せめて
名無しだけは
この先も、俺達の傍に置いて欲しいと
それだけを願っていた。






しかし





その願いも
現実の前には儚いものだったようで



名無しが俺達の家に来て
1年の月日が経とうとした時




名無しは
俺達の傍にはいられなくなってしまう。









エーベルが学園から帰ってきたのだ。




名無しを最初にみつけたのは
思い返せば、エーベルだった。



「名無し、暗闇からキミを救ったのは
紛れも無く私だ。
私にその一生を以て忠義を誓うんだ」



「私は必ず次期国王になる人間なのだ。
名無し、キミは私の言う事だけを聞いていればいい」



「私から片時も離れるんじゃない」




名無しの存在を知るや否や
エーベルは名無しと他者の接触を拒んだ。
それは実の兄弟の俺達でさえ接触を許されず
そして
彼女の意思などに耳を貸すことなどなく
所有物のように当たり前のように侍らせた。





俺もディルクも長男であるエーベルには
何も言うことができず


「兄さん・・・
名無しを取り返してよ」


悔しさで拳を震わせながら
次第に笑顔を失っていく彼女を
目で追うことしかできなかった。









そんなある日
事件は起こったのだ。







『今日のスープいかがですか?
私がメイドに習ってつくったんですよ!』


「ああ、とてもうまい」


食事をとりにテーブルにつくと
嬉しそうに名無しが駆け寄ってきた。
珍しい事に今はひとりのようだ。


『わぁ、嬉しい!』


彼女の笑顔を見るのは久しぶりな気がして
俺も表情を柔らかくした。


そんな時
廊下を足早に歩くエーベルの姿を見つけ
俺はそれを自然と目で追っていた。


『最近、あまりお遣いできていませんから・・・
せめて料理を覚えて喜んで貰おうと思いまして』



エーベルが向かう場所など
容易に想像はできていたが


「名無し」


低く響いたエーベルの声に
楽しそうに話す彼女は肩をビクつかせた。
案の定、エーベルが足を止めたのは
俺の居るすぐ近く。



エーベルは邪魔だと言いたげに
俺を一見するが、気にすることなく
名無しの耳元に顔を寄せ
小さく耳打ちをする。




「今夜こそ
部屋で待っている」




はっきり
そう聞こえた。





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