月なきみそらの剣士

□赤い月の盟約
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エーベルが去った後
俺達はお互い何も言うことができなかった。



先程まで笑顔だった名無しは消え。
俯いたまま口を閉ざし
何かを堪えるように身体を震わせているのを
俺は見逃さなかった。


エーベルはここまで
名無しを苦しめ、追い込んでいたのか。




『ごめん、なさい。
私、少し用事ができたので』



覇気無く立ち上がったかと思えば
こんな時まで力なく笑って
震えた声で下手な嘘を吐く彼女の姿に
俺はもう我慢することができなかった。


「行くな!」



咄嗟に立ち上がり名無しの腕を掴むと
そのまま自分の方に引き寄せた。



腕の中にある身体は思ったより小さくて

弱くて

儚くて

やはり
震えていた。



『アルフレート・・・』




「行かなくていい」



自分の抱き締める腕に力が入るのを感じた。



行かないでくれ、と。
そんな願いが俺の心から溢れ出して
どうしようもない。


『聞こえてしまったんですね』



此処で仕える為だと
ずっと無理をしてきたに違いない。
だが何故、名無しはこうまでして・・・。





『でも、行かないと』



腕の中に居た名無しが
俺の胸を押して、体が離れる。




再度止めようと声を出そうとしたが
次に見た彼女の顔は

いつもの笑顔で

俺の出かかった言葉は何処かへ行ってしまった。



すっかり離れていってしまった彼女の体は
エーベルの部屋のある二階へ向かっている。



階段の手前になって
一度こちらを振り返った彼女は



『とっても、嬉しかったです』




俺にそう言った。






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