月なきみそらの剣士

□赤い月の盟約
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『エーベル様、名無しです』



ノックする音が廊下に響き


「入れ」


部屋の中から返事があると
名無しはその部屋の中に入ってしまった。



俺は結局のところ
気になってエーベルの部屋の前に来ている。
名無しの悲鳴を聞こうものなら
このドアを蹴り破って助けるつもりだからだ。



流石に此処からでは
二人の話し声もあまり聞こえない。



時間が経つにつれ
俺は部屋の中の状況がわからないことが
不安で仕方なくなる。



うろうろと落ち着き無く
部屋の前を歩き回っていた、その時だった。




「さぁ、名無し!
私への忠義を証明してみせろ!」




エーベルの大きな声が聞こえた。




俺はいてもたっても居られなくなり
そのドアを開け放っていた。




「名無しっ!!」



ノックも無しに開いた部屋には
大きく開かれた窓と
その傍で笑みを浮かべたエーベルの姿。



しかし
名無しの姿がない。



「名無しは・・・何処ですか」



嫌な予感がした。



「彼女なら私のブローチを取りに行ったよ。
私に忠義を証明する為にね」



そう言ってエーベルは窓の外を指差す。




「兄上は・・・彼女を犬か何かと
勘違いなされているのですか」



どれだけ彼女を傷つければ気が済むのかと
俺は怒りを抑えるのに必死だった。



「犬?そうだな。
彼女は犬でそれを調教していると考えるのも
わるくはないな。だが安心しろ。
私は直に彼女を妻として娶るつもりだよ」



冗談じゃない。



「くっ・・・」



俺は悔しさと怒りを兄にぶつけるかわりに
部屋を乱暴に飛び出した。

誓う必要のない忠義の為に闇を彷徨う彼女を
一刻も早く見つけて抱き締めたかったからだ。









2階から投げられたブローチは
どうやら塀を越えてしまい
敷地の外に行ってしまったようだった。


ということは
名無しも外に―



そう思って門へ向かってみると
なにやら人だかりができている。


「ダメだダメだ。
キミには外出を許すなと言われているんだよ。
それに、だ
こんな遅い時間に女一人で何処へ行くって言うんだ」



数人の門番の兵士に足止めされていたのは
名無しだった。




『でもっ、だけど困るんです!
すぐに済ますので、お願いです!』



必死になって詰め寄る名無しに
兵士達は顔を見合わせるが、
よほど上の者から命令されているのだろう
首を縦に振ることは最後まで無かった。



門から出るのを諦めた名無しは
今度は無理矢理に塀をよじ登ろうとするが
塀の高さは登ってどうにかなるものではない。



俺は彼女を見つけて
何をする気でいた?



「名無し」


『・・・!アルフレート?』


「こっちだ」




連れて来たのは
少し大きめの塀の穴がある場所。


「ここからなら外に出れる。
俺が先に出て外の様子を見てくるから」


『う、うん。
でも・・・』


俺を巻き込んでいいものかと迷うように
俯いてしまった名無し。
そして何か聞きたそうに俺の顔を見詰めた。



「俺に質問なら
まず俺の質問に答えてくれないか」



すると名無しは黙って頷く。


「どうしてそこまでする必要がある。
お前は自分の役目に誇りを持っていたはずだ。
それなのに何故こんな屈辱を受け入れるんだ」





『そうしないと
あな・・・を・・・られませんから』



彼女がなんと答えたのか
ハッキリは聞こえなかった。


誰かの足音が近づいたからだ。




「誰か来る。
急ごう」


先に塀を潜り安全を確認したところで
名無しを続かせた。


久しぶりに見た外の世界。
数人の兵士や家族なしで外に出ることは
少なからず後ろめたさがあったが
護衛ならすぐ隣りにいた事を思い出した。


「どの辺りに落ちたか覚えてるか」



『たぶん、この辺だと思います。
あ、アルフレート様、あれ!』


辺りをきょろきょろ見回していた名無しが
ある一点を指差した。


それは城の裏手にあたる場所で
塀の向こうにはバルテルス家がある。


道の端で不自然に落ちている深紅のブローチは
確かに我が家に伝わる物だった。


名無しが嬉しそうに
ソレに駆け寄ろうとしたとき
数人の男達の話声が近づいてきた。
手には剣や斧というような
不穏なものが握られているのを見つけ
咄嗟に名無しの手を引く。


あまりにも怪しい男達。


物陰に二人で身を潜め
その行動を探る事にした。



すると一人の男が口を開く。


「ちょうどこの塀の向こうらしい。
風向きはどうだ?」


「直に良くなりそうだぜ」








『一体、何の話をしているのでしょう』

「わからない。
もう少し様子をみる必要がありそうだな」



この時俺には既にひとつだけ確信があった。




「いいかお前ら、チャンスは一瞬だ。
この松明を投げ込んじまえば
すぐさま火がまわって中は混乱するだろ。
そうなりゃ手薄になった門を突破して
一気に屋敷に流れ込む」


「屋敷に居るものは殺しても構わない」


「ただ襲うのはバルテルス家だけだからな」





こいつ等は
ロクな事を考えていないということだ。




「やめろっ!!」



『アルフレート!』



頭で考えるよりも先に
俺の体は男達に向かって突っ込んでいた。


だが、それが悪かった。


相手の数は
こちらから見えていた5、6人だけで済まず


「なんだ、なんだぁ?」


軽く20人以上。
騒ぎを聞きつけて何処からとも無く湧いて出た。


俺はあっという間に囲まれてしまった。




「なんだ、ガキじゃねぇか」


「おい待て、こいつ・・・
たしか王位継承権を持つガキだよな?」


「なんだよ!そいつはツイてやがる!
コイツを殺せば仕事は終わるじゃねぇか!」


「いや、俺達が依頼されてるのは
バルテルス家のマティアスってガキだ」




男達の会話で眩暈を起こしかけた。
狙いはマティアスの暗殺だったというのだ。



「・・・させない」


「ぶわぁっ!なんだこのガキ!」


俺は不意をつき
松明を持っている男に掴みかかった。
武器などは持ち合わせていないため
もちろん素手だ。


男の半分くらいしかない体をくっつかせ
俺は必死に男の持つ松明を奪おうと
腕に噛み付いた。


「ぎゃぁあああ!」



地面に落ちた松明を名無しがすぐに
踏み消してくれた。
それを見て気を緩ませてしまった俺は
男に力いっぱい殴り飛ばされてしまった。


「ぐっ・・・」


『アルフレートっ!』


俺が地面に叩きつけられると
すぐさま名無しが駆け寄って
俺の体を抱き起こしてくれた。
口の中いっぱいに鉄の味を感じる。
そんな俺達を男達の殺気が囲む。


「おっと、手が滑っちまった」


俺を殴り飛ばした男が
何でも無かったかのように汚い笑みを向ける。


「ほぉ、こんなに若い殿下にも
もう嫁さん候補はいるようだな?
ガキの殿下にゃまだ早いかも知れねぇが
俺達が女の愛し方を教えてやろうか?」


一人の男がそう言って
汚い視線を名無しに向ける。
それだけは守らなければならない。
何があっても、それだけは


そうは思うのに
強く打ち付けられた俺の体は動かない。


「名無し・・・にげ、ろ」


『しゃべってはダメ!』


男達に散々汚い視線を
向けられているというのに
名無しは今も
俺だけを見ていた。


「頼む・・・から
逃げて、くれ」


『アルフレート!
もうこれ以上は話さないで!』


ダメだ。
今話さなければならない。
そうでなければ俺は必ず後悔する。



ぼやける視界の中で
名無しに向かって手が伸びている。


頼む。


「名無しっ・・・逃げ・・・」


逃げてくれ。


最後の気力を振り絞って言おうとした言葉は
言えずに終わってしまった。




それは目の前の名無しが
俺の唇を塞いだから。



「おいおいおい、ガキが
見せ付けてくれるじゃねぇか」


「へへっ、嬢ちゃん。
俺にもしてくれよ」


意識が遠くなる。



名無し、すまない。



守ってやれなくて。







最後に見えたのは
炎のように燃える深紅の瞳と
その手には月明かりが映えて美しい剣だった。




俺は彼女を

知らない。




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