月なきみそらの剣士

□赤い月の盟約
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全身の痛みで俺の意識は戻った。



その前に感じた口元を舐められる感覚。
傍に猫でも居るのかと思い
俺はようやく眼を開く。



『!!
よかった・・・生きててくれた。
アルフレートっ、アルフレート!
貴方が死んでしまっていたら・・・私・・・』


よかった。と喜ぶのは俺の方だ。
彼女の衣服は乱れてすらいなかったから。


どうやら俺達は助かったようだ。


「俺は口の中を切っているだけだ。
傷なんて大したことは無い。それより
名無しの方こそ、怪我はないか」



『はい!私はこの通り
元気です!』



俺の言葉に嬉しそうに答えた名無しは
俺の良く知る名無しで間違いなかった。


何の変哲も無い。



ただ
ひとつだけ
目を逸らせない事実。






俺達は今


一面赤く染まった地面と
折り重なった死体の上に
存在しているということ。

































その後
すぐに
名無しとの別れが訪れた。





事件はベルントと
その指揮下のみで片付けられ
少女が一人でやったということは
広まらなかった。




「母上!何故です!?
何故名無しが反逆者なのですか!?
私に納得が行くように話してください!」


反逆者。
母上は彼女をそのように呼んだ。


理由は簡単だった。
男達はマティアスの命を狙っていた。
名無しは謀らずもそれを阻止してしまった。
つまり、そういうことだそうだ。


だが何故、
一人として生き残っていない男達が
マティアスの命を狙っていた事を母親が知っていたのか。
あえて、俺から聞くことは無かった。



「それは・・・私が外へ出してしまったから。
事故なのです、母上。
名無しもそんなつもりはなかった」



名無しの処分がこうなった事を
一番悔いているのはエーベルだった。



「だとしても、あのようなモノ。
うちでは飼えません」





ああ、お前は
こんな家から出て正解だ。







「兄さん」



母上と兄の会話にうんざりしていると
ディルクが静かに俺を呼んだ。



「名無しは
これからどうなるの」



その後名無しは
バルテルス家に引き取られる事に決まった。


彼女は家を救ってくれた英雄。として
マティアス専属の付き人となったそうだ。


「なら、もう
会えないんだね」


元気をなくしたその頭をそっと撫でた。


名無しがそうするように。


目を強く閉じて必死に堪えようとするが
弟の頬には一筋、涙が流れている。


「会えるさ。
隣りの屋敷に居るのだから」


そう言って俺も眼を閉じた。




何も諦めたわけではない。
強がっているわけでもない。




「アルフレート、
貴方はもうすぐ学園に入学するのでしょう。
無駄な事を考えず、準備をなさい」




名無しがこの家に残っていようが
居まいが
俺はこれから学園に入学する。

離れ離れになる。


どちらにせよ、それは決まっていた。
だから今更、寂しがることは無い。



そう
言い聞かせた。





しかし一人、自室に戻ると
後悔だけは大波のように押寄せる。







これで


お前の一番傍にいる存在ではなくなった。



そう思ったからだ。





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