ばさら


□空言の海
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戦乱の世とはいえ、私は数多の人を殺めました。
でもそのことについて、私には何の感慨もありません。
だって私は、血を見るのが何より好きだから。
そのために殺めたのですから、何も後ろめたい気持ちなんてありません。
寧ろ私は満足です。

それ故か、死神、だなんて二つ名を頂きました。
素敵ですけど、ちょっとばかり失礼な気もします。

でもね、そんな死神にだって、等しく死は訪れるのですよ。
だって一応は人ですから。
きっと今に、地の底から無数に手が伸びてきて、私を地獄へ引き摺り込むのでしょう。
ああなんて素敵。
死んだら極楽浄土に、なんて甘い考えは持ち合わせておりません。
でもどうせなら、何もない世界へ行きたいものです。
色々と考えるのに、疲れましたから。
何もなかったら、私も死神になる必要もないのに。



『ふむ、何もない世界か。では貴様、我との約束を破る気なのだな』



おや、これはこれは。
最期に貴方に会えるなんて、私、思ってもいませんでした。
嬉しいですねぇ。
約束、ですか。
そういえば、していましたね、懐かしい。



『懐かしいと思える程、前に交してはおらぬ。まぁ良い、貴様が忘れたと申すなら、我は一人で行くぞ、光秀』



ああ、待って下さい。
折角ですし、もう少し話しましょうよ。
私ね、貴方に話したいことが沢山あるんです。
そんなに急かさなくても、良いじゃないですか。
もう私も死にますから。



『駄目だ、我はもう、待たせ過ぎている。いい加減、先へ行かねばならぬ』



そう、ですね。
あれから大分、月日は経ちましたし。
貴方を待たせ過ぎたのは私です。
そちらへ行けば、時間は沢山出来るのでしょうか。
でもやはり、そんなに急かさないで下さい。



『なかなか来ぬから、何度先に行こうと思ったことか』



今だってそう思ったでしょう?



『ふん、貴様の所為よ』



ああ、それは申し訳有りませんでした。
でもわざわざ迎えに来てくれたんですね、ああ嬉しい。
ではそろそろそちらに行きましょうか。
まず手始めに、血の池地獄でも見に行きましょう。
私、血を見るのが何より好きですから。



『その前に、三途の川を渡らねばならぬぞ光秀。貴様は強深瀬に違いない』



そうかもしれませんね。
でも一緒に、渡ってくれるのでしょう?
貴方だって、殺めた人の数は、私と似たようなものですから。



『残念だが、我は橋渡しだ。間際に真田幸村が六文銭をくれたのでな、貴様が必死に足掻く様を眺めてやろうぞ』



おやおや、連れない御人ですね。
でも構いません、六道巡りも、貴方となら悪くない。
是非楽しもうじゃないですか。
この世、人道だって本当は地獄なのですから、あの世だってきっと楽しめますよ。



『地獄も貴様に語らせると、まるで極楽のようであるな』



そうですか、だってほら、私、死神ですし。
私に怖いものなんて、ありませんから。
ああでも、私を置いて貴方が一人で極楽へ行ってしまったら、かなしいです、それだけが怖いです。



『死神ならば幼子のようなことをほざくでない。行くぞ』



ええ、何処迄も御一緒しますよ。
約束、しましたからね。





「死んだら共に、地獄に堕ちようと言ったのは、確か貴方でしたね、元就」

「先に貴様が言うたのではないのか、光秀」

「いいえ、貴方でしたよ」



先に逝ってしまった貴方に、やっとまた逢えた。







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