対局圏(迷人戦)
□砂里町暁稲荷余話 その二
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我愛羅少年と一匹が神主さんの家に着いた時には、まだ家主は帰ってきていませんでした。
鍵の掛かっていた玄関の前で、ピョイと飛び降りた仔狐は横手の縁側に駆けて行きます。
「俺んちコッチー」
そう呼ぶ声を追って行くと、軒下の縁台の上に置かれたリンゴ箱から太い尻尾の先がのぞいていました。
「ちゃんと寝床を作ってもらったんだな」
箱の中には毛布が敷かれ、布団代わりなのか何枚ものタオルが仔狐と箱の隙間を埋めています。
まだ仄かにリンゴの香りのする寝床の中で、収まりの良い体勢になろうとモゾモゾしていた仔狐は、今にも眠ってしまいそうな顔で丸くなり始めました。
「何かオレ、目が開けてられねーんだけど」
そう言いながらも一度は立ち上がろうとしますが、コテン、とタオルの布団に仰向けに倒れると、そのままスウスウと寝息を立て始めました。
縁側にポツンと取り残されてしまった我愛羅は、ゆっくりと上下する仔狐のお腹をしばらく撫でた後、そろそろ帰ろうと立ち上がります。
高さの変わった視点の先、庭木の向こうの垣根にはこちらへとやって来るこの家の主の姿がありました。
「どうした? 何かあったのか?」
片手に小さな包みを下げた神主さんは、仔狐の寝箱の側に立つ我愛羅の姿を見付けて縁側へとやって来ます。
先日のような、神社での落とし物や相談事でもなければ来客の滅多に無い神主さんは怪訝顔です。
「神社の境内で仔狐があなたを探していた。屋根の上にまで登って探すつもりだったみたいだ」
「また好き勝手にブラついていたのか。呑気なものだ」
迷惑そうな顔で神主さんは箱の中を覗き、あちこち汚れた仔狐の姿に眉をひそめました。
「仔狐は神主さんが拾ってきたのか? それとも稲荷さまの使いで寄越されたのだろうか」
連られるようにして箱を覗き込んだ我愛羅は、少し考え込みながら浮かんだ疑問を口にします。
対する神主さんは苦虫を噛み潰したような表情となりました。
「勝手に居付いているだけだ、こんな役立たず遣わされても有り難くもない」
隣から返った思わぬ応えに我愛羅はついと眉を上げましたが、特に言葉も無くそれではこれで、と頭を下げると歩き出します。
垣根の外をぐるりと回ってから雑木林を抜ける途中一度だけ振り返ると、軒先で大きな封筒のような物を見ている神主さんの姿がありました。