対局圏(迷人戦)
□砂里町暁稲荷余話 その二
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垣根を抜け、自宅と神社の間の雑木林へと歩いて行く我愛羅少年を見送った後、神主さんはそっと仔狐の寝箱を動かします。
そこには箱と雨戸の間へ隠すように、大きな封筒が挟んでありました。
神主さんは僅かにホッとした様子で封の糸を外すと、それはそれは慎重に中の物を引き出します。
午後の日差しがキラリと反射するそれは、ビニールカバーの掛けられた雑誌でありました。
表紙に記された発売年は今より十年以上前のものであり、そこには当時の銀幕スターの顔写真が大きく印刷されています。
浅黒く、節の太い指先はスターの下に幾段も重なる人物名を辿り、その最下段で一度ピタリ止まると表紙を捲ろうとしました。
けれどもその指の動きは不意にした声で妨げられてしまいます。
「我愛羅がいねー」
神主さんが視線を下に落とすと、キョロキョロと辺りを見回す仔狐の頭の天辺が見えました。
俺の存在は無視か、と思わないでもない神主さんではありましたが、取り合えず縁台へと腰掛け置いておいた紙包みを開きます。
「はー、やっとメシだぜェ」
包みの中から現れた、卵焼きの匂いに引かれるよう仔狐は寝箱から這い出し、腰掛けている神主さんの腿の上へと前足を乗せて口を開けました。
「自分で食えばいいだろう、何様のつもりなんだ」
そう言いつつも、雛鳥のように開けっ放しの口には一切れずつ卵焼きが放り込まれていきます。
そして最後の一切れは神主さんが自分で食べ掛けましたが、ジッと見上げてくる視線に耐えかねたのか半分は仔狐のお腹の中へと収まりました。
口の回りも舐めて綺麗にした仔狐は、今度は神主さんの回りをフンフンと鼻を鳴らして嗅ぎ回ります。
一日一回はなされるこの行いに、これも縄張り行動の一種なのかと慣れてしまっていた神主さんですが、背中側に回った仔狐が服の裾から頭を突っ込んできたのにはいささか狼狽してしまいました。
薄手のセーターと中に着たシャツの間をゴソゴソよじ登り、襟口から顔を出した仔狐は黒い後ろ髪に鼻先を押し付けます。
ペトリと引っ付く濡れた感触と温い鼻息に、サブイボの立ち始めた首筋をとどめ、とばかりにかじられた神主さんは思わず立ち上がってしまいました。
「真っ昼間っから何をやってるんだッ……お前は俺をどうにかする気なのか!?」