対局圏(迷人戦)

□砂里町暁稲荷余話 その二
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 網膜を白く焼く閃光から目を庇い顔を背けた神主さんですが、やがて目蓋の向こうの光が弱まったのを感じそっと目を開けます。

「……これは……」

 そう呟いたきり言葉を失う神主さんの目の前に、一人の人間が横向きに倒れていました。
 カッと見開かれた緑の瞳の先に横たわる人物は、黒いマントの逆立てた大きな襟に顔が隠れ、そこからのぞく銀髪のみが確認できます。
 しばらく間を置いて恐る恐る伸ばさした手でそっとその肩を押し仰向かせると、ゆったりとしたブラウスから小さな輪の付いた鎖がこぼれ落ちました。

 そこには正しく、神主さんが仔狐に化けて見せろと示した、『怪奇!吸血少女霊狐』の姿があったのです。

 今を遡ること三十年余り、大ヒットこそしなかったものの一部のファンの根強い支持を受け、続編が数本作られたオカルト映画のヒロインが、独身中年の侘しい一人住まいに突如出現したのでありました。

 長年胸の内に秘めた想いが暴発しそうになるのを抑え、両の腕で支えて抱き起こしたその小さな身体が僅かに身動ぎます。
 何とも言えない陰影の落ちる目蓋が震えて開かれると、紫蘭の花のような瞳が日差しを反射しキラリと反射しました。

「まさかこれ程似せられるとは……」

 神主さんはみるみる内に自分の心拍と血圧が上昇していくのを自覚しましたが、これを抑える手立てを目眩を起こしながらも懸命に探ります。
 しかし真夏でもないのに額に汗を浮かべてまで堪える緊張の糸は、スッと伸ばされた指先に数分前と同じようにツンツンとつつかれた事でブツリと千切れてしまいました。


「何だかよく分かんねェケド変身成功したぜッ! ってオイ、どーした神主さん!?」

 バサバサと黒マントを払いながら、年の頃は十二、三才位の銀髪の少女が地面にへたりこんだ背中を心配そうに擦ります。
 そのまましばらくの時間が経ちましたが、中々顔を上げようとしない神主さんに元仔狐の少女は困り果ててしまいました。

 どこかとんでもなくおかしな所でもあるのかと頭や顔を探りますが、獣の耳やヒゲが出ている訳でもなく、もうどうしたら良いのかも分かりません。
 そんな気配を先程からずっと背中で感じていた神主さんは、意を決したように息を吸い込むと両手で何度も顔を叩きます。
 バチン、バチンとそれは痛そうな音が縁側に響きました。

 驚く少女の手を取り自分と一緒に立ち上がらせると、無理を言ってすまなかった、もう元に戻っていいぞ、と口早に告げるとそのまま庭を出て行ってしまいました。
 庭先にポツンと立つ少女の腕の中には、神主さんが置きっぱなしにしていった雑誌が抱えられています。
 
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