対局圏(迷人戦)
□地獄片
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【地獄片】
高く高く昇る黒煙に塗り込められた天から突き降ろす、奇樹の根を伝ってはぼたり、ぼたりと滴が淀を満たす。
苦鳴の響きの果て、山河を覆う瓦礫の積み城に畜生が棲み、腐汁に塗れた身体を互いに喰い滅ぼす界道在り。
引き切りも無く降り注ぐ死人を焼いた灰の中、音も立てずに這い回る一匹の虫がいた。
朝も夜も境を知らない世界で盲た眼を鈍く光らせ、手足に触れる物は何でも喰らう。
時に牙を生やした鼻面に噛み付かれ、手足を喰い千切られる事もあったが、その度地に潜り汚水を啜って飢えをしのぐ。
終わりも無い捕食の連鎖を生き、空き腹の空虚ばかりがいや増し無闇に足を前へ送り、水の消えた河原に置き石だけが群れをなす場所へとやがて出ていた。
生き物の気配さえ嗅ぎ取れない焦りに、肥大した腹を重く引き摺り、積まれた石を薙ぎ倒し闇雲に進む。
止まぬ飢餓からとうとう己の腹を喰おうとし、継ぎのある頸を捻曲げた弾みでまた、置かれた石の山を押し崩した。
弾みに崩れる平石の中から長い物が転げ出、ガランと金属の音を鳴らす。
それにこびり付く乾いた血の臭いに身体を総毛立たせ、しゃぶれる骨の一本も出ないかと粗末な礎を底からさらい、石を礫のように弾き飛ばした。
しかし幾ら探せど何にも当たらず、巻き上がり身体に纏い付く灰を嫌って不愉快げにその身を震わせた。
そして一つ間を置き、ぽとり、と背から何かが足元へと落ちる。
見えぬ眼を凝らし、前腕で探る感触は柔らかい。
何時振りかも分からない食い物を惜しむようにまさぐり、軟骨の芯を持つ小さなそれを口に放り込んだ。
ちっぽけな肉の塊は噛み締める間も無く喉を通り、胃の腑へと滑り落ちる。
僅かばかり染み出た皮と肉の間にある脂の味に、名残惜しげに口を蠢かす。
やがて虫はその場にうずくまり、動く事は無くなった。
来る日も来る日も降り続いた灰が途切れ、入れ替わりに地を焼く熱線が照り付くようになった。
焦土と成り行く地表をぐらぐらと、揺れる陽炎が覆い尽くす。
無限に蔓延るようだった獣共も、今は打ち捨てられた革袋の如き姿を晒すのみ。
濃さの増す瘴気が益々視界を危うくする中、ずるずると何かが天を目指し伸びてゆく。
何処までも昇り、雲間へと消えるそれは暗色の蔓を束ねた幹となり、花一つ咲かぬまま天地を串抜く大樹となった。
その重みに潰れて埋もれた礎の中、満たされた眠りは今も覚めやらぬ。
片耳欠けの死に神を、終わり地の夢に見続ける。
2009/04/06