対局圏(迷人戦)

□砂里町暁稲荷余話
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 モシャモシャと油揚をたいらげるのに夢中だった仔狐ですが、最後の一口をゴクンと飲み込んだ時、ようやく自分の隠れ場所を覗き込んでいる存在に気が付きました。
 赤と緑の目をした、自分よりもずっとずっと大きなイキモノに一瞬身体中が総毛立ちましたが、それが“ヒト”だと理解した瞬間、ホッと安心しました。
 何故なら自分は神様のお使いの一族で、“ヒト”は神様やそのお使いの為に色々してくれるイキモノだと思っていたからです。
 そうと分かれば現金なもので、仔狐は軽く毛繕いをし身なりを整えてからテコテコと暗い隠れ場所から出ていきました。
 ちょっぴりですが、もしかしたらもっと美味しいモノをもらえるかもと期待もしていました。
 そしてその期待に“ヒト”は……

「なんだこいつは……狐か? だとしても随分と人馴れし過ぎているようだな」

 ノコノコとやって来て縁側の下から鼻先を出した仔狐の、後ろっ首を掴んだ神主さんは呆れたようにそう呟きました。
 その目はハッキリと、お前は馬鹿か、と物語っています。
 前にヒトの子供達にうっかり捕まった時のように、高い声で叫ばれたり身体中をずっとグリグリいじられたり、自慢のシッポが抜けるんじゃないかというくらい引っ張られたりはしませんが、“ちょこ”や“くっきー”がもらえそうな雰囲気でもありません。
 不意に仔狐の脳裏にもう亡くなったお祖父さんの言葉が思い浮かびます。

『坊や、ヒトからはそうそう儂らにゃ悪さはせんが、その中でも猟師って奴等は全くの別物じゃ。奴等に捕まったが最後、襟巻きや剥製にされてしまうんじゃ』

 その話の中の、“えりまき”や“はくせい”が何なのかはよく分かりませんが、もしかして自分もソレにされてしまうんだろうか、と今更ながら仔狐は考えました。
 次第に募る不安感に、フサフサとしたシッポはだらりと垂れ、フンフンキュンキュンとしきりに鼻を鳴らします。

 一方、神主さんはと言えば油揚泥棒を捕まえたものの、そのあまりのおとなしさから少し心配になり、医者にでも見せた方が良いかと隣町の犬塚さんの電話番号を思い出していました。
 これといって暴れる様子もない仔狐をそっと抱え直し、たしか冷蔵庫に鶏のささみ肉があったなと台所へ神主さんが足を向けると、玄関のベルが突然鳴らされ自分を呼ぶ声がすぐに続きます。
 良く知った声に神主さんはそのまま玄関まで向かい、ガラガラと木枠に曇りガラスのはまった戸を開けました。
 
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