対局圏(迷人戦)
□砂里町暁稲荷時節の小話
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二月初旬の節分も過ぎ、神主さんの家の庭の梅の木も蕾がちらほら開いてきました。
家中には何だかんだですっかり居付いてしまった小さな居候の姿はなく、一人神主さんが新聞をめくっています。
しばらくすると柱の時計がボーンと三つ鳴りました。
そろそろ洗濯物を取り込むか、と立ち上がった神主さんの視点は縁側の向こう側、敷地の外へと繋がる道に釘付けとなりその歩みを止めてしまいます。
どうしてそうなったのかと言うと、そこにはおかしな仔狐の姿があったからです。
元々世の中の平均的な仔狐からは掛け離れている存在ではありますが、今日はまた一段と珍妙な格好でこちらへと進んできました。
仔狐はいつもは首の回りに、大きすぎるほどの妙な金属板の付いた襟巻きを巻いていますが、今日はそれに加えて背中に薄紫の風呂敷包みを背負っているのです。
しかしその荷物はさほど重くはなかったのか、神主さんの姿を見付けた仔狐は勢い良く駆け出し軒下の縁台に飛び乗ってきました。
「おみやげッ! ドーゾ!」
尻尾を振り立て、縁台の上でぴょんぴょんと跳び跳ねる仔狐がそう叫びます。
突然の事にやや面食らった神主さんですが、すぐに気を取り直すと落ち着かない仔狐の襟首を掴まえました。
「土産だと? お前朝からどこへ行っていたんだ」
そう言いながら仔狐の背中から取り外した荷物の、風呂敷をほどいた神主さんの顔がしかめられます。
「あっ! なんかいい匂いすると思ったらコレかァ」
対して仔狐はというと風呂敷包みから出てきた、いくつかの可愛らしくラッピングされた小袋に鼻を近付けています。
そんな仔狐を尻目に神主さんは手にした小さめの風呂敷を広げ、しげしげとそれを眺めています。
その目に映るのは、紫地の上にてんでに散らばる蛇・毒・薬・兜の文字でした。
「そんな布切れなんかどうでもいいからさー、早くコッチ開けろよ、早くぅ」
そう言って仔狐が鼻面で押しやって寄越してきた小袋は、リボン結びをほどこうとして失敗したのか片結びになってしまっています。
仕方なく神主さんはその小袋を手に取り、固くなってしまった結び目をなんとかほどきました。
「ちょこだ!」
「チョコだな」
小袋の中身は丸いフォルムのハート型をしたチョコレートでした。
おそらく他の小袋の中身も同じでしょう。
「これはまさかカブたん、と大蛇丸さまとか言う奴等からなのか?」
チョコレートの粒をつまみ上げた神主さんが怪訝そうに尋ねます。
「そーそー、物忘れの激しいお年寄りにぜひとも食べさせてあげなさいよォ、って言ってたぜ」
そう妙な口調を再現しながらも、仔狐の視線はチョコまっしぐらです。
「……食べたそうだな」
「えっ!? くれんの?」
「よし、それなら口開けろ」
勧めに従って素直に開かれた口に、神主さんは手にしていたチョコレートの粒を放り込みました。