対局圏(迷人戦)

□桜を待つ古梅
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 その日見た夢はとても不思議なものでした。

 夢の中でも私は川沿いの帰り道を歩いていて、梅の木の側まで来るとまた強い風が吹きました。
 そして今度はマフラーが押さえる前に飛ばされそうになりました。
 私の首から、するりとほどけたマフラーが風に乗って巻き上がった時、不意に誰かの腕が背中側から伸びて掴まえます。
 あっと驚いて振り返ると、いつの間にか私の後ろに大きな男の人が立っていました。

 あまりに突然の事なのでびっくりしてしまった私に、その男の人が黙って捕まえてくれたマフラーを差し出します。
 勇気を振り絞ってお礼を言うと、その男の人は小さく頷いてマフラーを手渡してくれました。

 私がマフラーを巻き直している間に男の人は川沿いの道を歩き出しましたが、その方向は私の帰り道と一緒です。
 少し遅れて歩き出した私の前を行っていたその男の人は、しばらくすると私に気付いたのか、立ち止まってこちらに振り返りました。
 夢の中の私は、なぜかその知らない男の人に追い付くと一緒に歩き出しました。

 その男の人も黒いマフラーをしていましたが、鼻の上までぐるぐる巻きの顔は目しか見えません。
 でも顔が分からないと言う点では、同級生の虫好きな男の子の方が上かも知れません。
 自分でも信じられない事ですが、夢の中の私は川沿いの道をその男の人と話ながら歩いてました。

 夢から目が覚めた時にはどんな話をしていたのか、ほとんど思い出せませんでした。
 ただ一言、『桜はまだ先だろうか』という問い掛けは声まではっきりと覚えています。
 梅の木の向こう岸にある小さな公園を、その男の人は何度か振り返っていました。
 その公園ができた時に植えられたらしい一本だけの桜の木は、花が咲くのはまだまだ先になりそうです。
 
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