対局圏(迷人戦)
□桜を待つ古梅
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不思議な夢を見た翌朝は雨ふりでした。
母の話では一晩中強い風が吹いて、まるで嵐のようだったそうです。
窓の外を見ると風はもう止んでいて、庭にたくさん積もった落ち葉の上にサアサアと雨が降り注いでいました。
その日の学校の帰り道、昨日の夜の夢が気になった私は回り道をして梅の木のところへ行きました。
まだまだ止まない雨の中、静かに立っている梅の木にはひとつも花が残っていません。
昨日まではあちこちの枝の先で咲いていた花は、夜中の風でみんな落ちてしまったようです。
まわりを見回しても、雨に流されてしまったのか一枚の花びらも見付けることができませんでした。
雨の上がった次の日からは晴れた日が続き、どんどんと暖かくなってもうすぐ春だな、と思いました。
また従兄の家にお使いに行った帰り道、梅の木の向こう岸の公園をふと見てみると、桜の木の枝にはたくさんの葉の緑とほんの少しの桃色が目に入りました。
普通の人では見逃してしまう位の小さなつぼみ達です。
ほんの一瞬だけ、桜の木の向こう側に誰かがいたような気がしましたが、その時公園に駆け込んできた小さな子達の方を見た後にはもう誰もいなくなっていました。
それから家に着く間に私はある事を思い出し、夕方になる前にと急ぎ足になりました。
家に着くと、机の上の図鑑を本棚に戻してかわりに自分の押し花帳を抜き出します。
記憶の通りにページを何枚かめくると、すぐに目当てのものが見付かりました。
開いたページにあるのは一輪の桜の花です。
あの公園で去年、満開になった桜の木を見上げていた時に、ふわりと落ちてきたのを持ち帰ったものです。
押し花帳を机の上に置き、図鑑の下にしていた厚めの和紙を開いてそこから白い梅の花をそっと引きはがします。
まだよい香りの残るそれを、私はひとりぼっちの桜の花の隣にのせようと思いました。
それから川沿いの帰り道の夢を見ることはありませんが、梅の木の下で会った男の人は桜を見ることができたのかしら、とこの季節になると思い出します。