対局圏(迷人戦)

□砂里町暁稲荷余話 その三
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 目の前で老孤に深々と頭を下げられた神主さんの脳裏に、先代の神職の伝え語りがじわじわと思い出されます。
 この一帯に大昔、世界を揺るがす程の力を持った妖狐がおり、ある時その力を幾多の困難を越え己の力とした青年と、彼に協力する者達の手によって強大な妖力を百と八つの珠に分け、各地に封じたという伝承です。

 この言い伝えの珠は神主さんが育った地元にも奉られており、それを納めてあるという黒塗りの箱には大層古びた封じ札が施されておりました。
 その珠の影響なのか信じられない話ですが、雪の夜にお地蔵さんが道端で怪我をして動けなくなった人を民家の軒まで運んだとか、青い鳥が鍵を落として困っている人の所へ捜し物を置いていったりだとかいう話を聞いた事もあります。
 恐らくこの狐の一団も珠の力の影響を受けているのでしょう。


「いや、こちらこそ知らなかったとは言え随分な扱いを……」

 急いで立ち上がったものの返答に窮して口ごもる神主さんに、よく見れば三又に別れた尻尾を振って老孤が応えます。

「うんうん、あれはホントに喋る以外はただの仔狐そのものであるし、甘やかさんでおいてくれ。それに今回は何やらやらかしてくれたようだしの」

 ふう、と息を吐いた老孤が己の額の黒丸をトンと突き、神主さんを見上げました。

「これはワシら鎮守の一族がいざと言う時の為力を溜めておく印での。この力で昔は珠を奪おうとする悪漢どもを撃退したりもしたが、すっかり平和になった今では長年尽くしてくれた神職への恩返しくらいにしか使われんようになっとった」

「そんなまさか。では先代が晩年になって突然老眼が治ったと言うのは」

「うん、それはワシの曾孫がやったことだの。五十年の尽力にはそれだけでは足りんじゃろと言ったらな」

 そこで一旦言葉を区切った老孤は神主さんの目を真っ直ぐ見詰めます。
 自然に神主さんも背を屈めて次の言葉を待ちます。

「次代の者、つまりお前さんをよろしく頼むと言っておった」
 
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