裏かどうかは微妙なところ

□『濃紺の翼竜』
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 自衛の為と嘗て豪族の立て籠った砦が何時しか山城となり、その堅牢さ故に僅かばかりの安寧を求めた人々が集まり街となっていった。
 国の中央からは遠く離れた地、栄えある貴族などはけして顧みもしない辺境へ、果たして幾代目かの領主が王よりの任官を賜りある日赴く。
 今度はどんな城代殿か、何処ぞで武勲を立てた将官様か、あるいは先代の酒浸りで死んだ、宮廷から干された憐れな伯爵様のようなお方か。

 物見風情な街の者を他所にやって来たのは、そのどちらにも当て嵌まり、またそれとは異なる趣をも持つ人物であった。

 禍々しい蜘蛛の旗章を掲げた軍馬が数騎、飾りと言えば鉄の茨を編んだ様な御者台のみの馬車を先導し、石畳を踏み鳴らす。
 その後を続く兵士や従者、荷役の姿も華々しさとは程遠く、さながら戦地への行軍に立ち会ったかの様である。
 重々しい蹄の楽を鳴らし入城した新領主の噂は、固唾を呑み見守る群衆の間から広まり様々な憶測を呼んだ。

 今度来たお方は何とも変わったお方らしい。
 騎士である上に爵位もお持ちであらせられるが、何より恐ろしい妖術使いでもあるそうだ。
 あの戦車みたいな馬車を見たかい? 花の一輪も飾られてはいなかっただろ? 派手事嫌いなのなら祭りなんかも止められてしまうのかねぇ。
 それとももしかして、また戦でもおっ始まるんだろうか?

 囁かれる言葉に尾ヒレが付き、一時は街の話題はそればかりとなったが、新しい触れが出されるでもなく変わり無い日々は過ぎ、次第に人々の口に上る事も無くなっていった。
 
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