文(伝奇物多し)

□壱話
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 この町の名は『鳴き郷』。

 火の国にはほど近いが、街道よりやや奥まった所だ。
 さしたる名所もなく、敢えて余所から訪れる者もない。
 最近の出来事といえば、ここの所続いている隣国との小競り合いを避け、新たに越してくる者が増えたことぐらいだ。
 少しばかり胡散臭い人間がいたところで、「なに、面倒はごめんだ」と見て見ぬ振り。
 少しどころか、大いに後ろ暗い所のある者にはこれ幸い、堂々と暮れは八つの路地を歩く。
 いかにも渡世人、という風情の男が、どこへともなく過ぎ去っていった。


  明日も旅人夜通し進む。合羽絡げて三度笠。夏も間近の今宵三日月。
 
 
 酒に呑まれた酔客の、おどけた戯れ謡が三味にもたれて路に流れる。
 
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