文(伝奇物多し)

□羽炎
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   【羽炎】



 これもまた昔の話。

 大陸を別つ国の形も定まらず、力ある者ならば忍者、侍、果ては妖怪変化までもが跳梁する時代があった。

 千変万化の妖術使いからクナイもその手に余る童まで、戦って戦ってまた戦っては死んでいく。
 どの国里も一応に疲弊し、内地を治めるに足る人手にさえ事欠いていた。


 暗く冷たい時代である。


 そんな折り、国境の隔てとなる山間の谷合に、木々の枝伝いを飛ぶように走る影の姿があった。



 十日程前からこの辺鄙な土地で余所者が見掛けられるようになり、警戒を強めるよう達しがあったその日の内に事態が変わった。

 “入らずの森”と呼ばれる禁足地に幾人もの賊が踏み込み、その奥へと侵入していったのだ。

 常ならばこの森、里の開祖が天啓を受けたとされ聖地として奉られているが、今は訪れる者も少なくなり警備も手薄になる一方だった。

 数の差はあれ手練れの見張りの者が倒されたとなると、間違いなく禁を侵した賊も忍であろう。
 みすみすこれ以上外部の者に好きにさせぬ為、近くに居た全ての忍を頭が呼び寄せ徹底排除の命を下したのが半日前となる。



 散発的に起こる戦闘に敵も味方も数を減らし、それでも未だ森の奥へと進んだ形跡は絶えず、その先に何か目的があるのかそれとも既に逃走に移ったのかも定かではない。
 共に行動していた者達も傷付き、あるいは倒されて散り散りになり、時折届く叫びが味方の者でないことを祈るより他はなかった。





 暮れ掛けの西日が、木々の枝葉を力無く照らす中。

 丈高く、ず抜けた体躯をした年若い忍が一人、息を乱しながらも先を急いでいた。
 追跡が始まってから半日以上が過ぎ、チャクラも体力も底を尽き掛けた身体に鞭打ち前へと進んでいる。

 幾戦も重ねたせいか装束はあちこちが破れ、その下から浅黒い肌が覗く。
 袖口から胸に掛けては濁った赤がこびり付き、乾いた側からばらばらと撒き散り地上へ落ちて消える。

 暫く前から先を行く賊共の進路に不可解な動きが表れ、それを追う側のこちらも迂闊に距離を詰められず手を拱いていた。

 それまではほぼ一直線に続いていた形跡が、突然方向を変えた後からまるで迷ったかのように行きつ戻りつを繰り返す。
 このまま追えば何時鉢合わせになるかも知れぬ、と思った矢先、大枝を蹴って跳んだ目の前を矢のように人影が横切っていった。









 僅か一瞬の出来事の筈が、長く引き延ばされたように緩く流れる時となる。


 庇うように腕を前で交差させ、小さな身体を傷だらけにした姿が視界を灼く。
 跳び跳ねた勢いに白く長い髪が乱れ躍り、薄闇を切り裂くように煌めいて過ぎ去って行った。

 
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