文(伝奇物多し)
□羽炎
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私は逃げ出してしまった。
孤独に苛まれ、疑心に駆られて。
挙げ句の果てには里の者から追われ、こんなに遠く離れた所まで来てしまった。
もう二度と生きては国に帰れないだろう。
里と一族の為にと受け入れた力は、私には荷が勝ち過ぎた。
恐ろしい程の炎に飲み込まれ、我を失う度に家々や一族を焼き払い、ついには人里離れた岩戸へ繋がれてしまった。
毎日鋼の格子の向こうを眺め、いつか赦されてその向こうへとゆけるように修練に励んだ。
まだ私は生かされているのだと。たとえこの力をただの手段として利用する為だとしても。
たった一人、生き残って里にいる兄に少しでも報いる為に。
ただその願いだけを生きる標に日々を送り、一つ季節を過ごした頃、儚くも望みは断たれて消えてしまった。
次第に届けられる水や食料が減らされ動くことも儘ならなくなった時、格子の向こうから久方ぶりに人の声を聞いた。
こちらの死に体を嘲笑うかのように、投げ掛けられる言葉の一つ一つが刃となって胸に突き立つ。
お前はついに見捨てられた。
もうじきお前の兄が此処へ来て、お前の中のその忌々しい力を抜き出すぞ。
あのような化け物じみた力なぞ、最初から頼りにするのが間違いだったのだ。
精々身内に苦しめられずに命を取られることを感謝するんだな。
そこまでを淡々と語り掛けてきた声が途絶え、代わりに激しく格子に掴み掛かる音が響く。
お前なぞ、お前なぞ本当は俺が殺してやりたいのだ!
理由もなくお前に焼き殺された、妻や子供達の仇を取れぬこの憎しみが分かるか!この恨みが分かるか!
鉄の格子を揺さぶりながら叩き付けられる言葉に、背筋は凍り顔を上げることさえ出来なかった。
しばらくして走り去る足音が響き、庇のように張り出した岩戸の影から飛び出す後ろ姿が目に映る。
逆光の中、風で膨らむ袖から突き出た腕の、赤黒く引き攣れた肌がぬらりと陽を弾いた。
地面にひいた筵に仰向けになり、ただ涙が枯れるまで泣き続けた。
僅かに残っていた体力も嗚咽と共に流れ出てしまったようだ。
もう何も考えたくない。
疲れきり意識を手放し掛け、暗くなる世界に炎が燃え広がった。