文(伝奇物多し)

□戦陣屹勝山
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 裾野から吹き上げる風に乗り、鼻を突く異臭が辺りに漂う。
 踏み固められた土の上を端切れが揺らめきながらさ迷い、誰の落としたものかも知れぬ小柄の鞘を上滑ってゆく。



 日の出と共に斬り落とされた決戦の火蓋は、降りしきる夕立の中あげられた勝鬨に鎮まり、燻りが戦野に狼煙を上げる。
 辛勝を得たこの地の守護が、旗幕を納め本陣とした古刹に向かい、山路を登る頃には夜ももう半ば過ぎとなっていた。

 隊列の後先に掲げられた松明のはぜる音と草間の虫の音、そして行軍の疲れの表れる足音。
 口を開く者も無く、その視線が向けられるのは行き着く先の陣屋か、同胞の亡骸が俯せる荒れ野の何れかである。
 大将の首こそ守りきったものの、その脇に仕える者の殆どが命を落とし、今後の国中の乱れを治めるまで平穏な日々は暫し帰る事もないだろう。

 戦よりも寧ろ内政に長ける、と言われた主君の厳然たる立ち姿は兵の士気を高め、混迷たる戦場に幾つもの勲を挙げ勝利に導いた。
 小国と侮り数に任せて攻め入った敵方は、大将の討ち死にと共に散り散りになり国許へと敗走している。
 夜も明ける頃には事の誉れも近隣の諸国へと伝わることとなる筈である。

 黙して進む者達の胸中は、幾多の去来する想いに縁取られ、疲労と高揚がない交ぜになった空気の中をひたすら歩み続けていた。
 
 
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