文(伝奇物多し)
□戦陣屹勝山
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暗がりの支配する空間に突如歪みが広がり、一層重苦しさを増した空気が岩の剥き出す地面を押し付ける。
それを受けたかの様に不意に炎の柱が高々と上がり、燃え盛る火球が宙を廻り辺りを照らし出した。
炎を背にした人影が一つ浮き出し、それに相対するかの様に空間の歪みがいや増し虹の光彩を放つ。
「忙しい所を呼び出して済まなかったな」
「……」
「自分の生まれ育った国を作り換えるのは、中々に難しい事だろうからな」
発せられた声がくぐもるのは目深に被った布地のせいか。
だがそれに沈黙で答えた者がやや間を置いて口にした言葉は、どこか皹割れた響きを持ち更にその声質を曖昧にしていた。
「容易であってはならない……神の裁きはそこに在る者の全てに例外無く下されるべきだ」
火の粉のはぜる空間に落とされた言葉には、不可解な抑揚があり抗い難い力が感じられる。
しかし、この場で唯一相向かう者には、その力は欠片程にも影響を及ぼす事は無かった。
「お前の国だ、好きにするがいい。差し当たっての問題は他に山程ある。他国での根回しの事もそうだ」
「必要なのは金か? それとも人間か?」
「どちらもだ。俺は立場上あまり大っぴらに動く事は出来ないしな……彼奴はどうしている?」
その言葉に僅かに振り向くように人影が揺らめき、次いで新たに一つの影が現れる。
「彼は長期の任務中だ。一月前から既に動いている」
「小南か。彼奴と組めるような相手は今いなかったように思うが? それに前回の任務で相当の深傷を負った筈だ」
火輪の下に立つ姿が少しばかり首を傾げる素振りを見せた。
「子飼いの者を使うと言っていた。怪我も問題無いと……それから、任務完了までは一切連絡を絶つそうよ」
「成る程、用は要らぬ詮索は無し、と言う訳だな」
低く喉を鳴らす笑いが漏れ、次第にその姿が中空に掻き消えていく。
「ならばお手並み拝見といこう。お前達も抜かり無く事を進めてくれ」
最後の言葉の音が切れると共に、逆時計の様に炎の輪が闇に吸い込まれた。
「ペイン……」
「案ずるな。常に力有る者が拮抗すればこそ、世の均衡を保つ事になる。我々“暁”の十指も直に揃う事になるだろう」
戻るぞ、と呟く声の響く間も無く、歪んだ空間が元の暗闇に還ってゆく。
誰も居なくなった後は静寂のみが辺りを包み、微かに残る焼け煤の匂いも、やがては湿る土に滲んで消える。