文(伝奇物多し)

□SS置き場
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   《海鳴り》


 人影一つと無い砂浜を、黒々とした溶岩石の崖から見下ろす者達があった。



 二、三日前から天候が崩れ始め、地元民の漁船は皆浜に引き上げられ、しっかりと砂地に繋がれている。
 空も海も薄鈍色に覆われ、陰気な景観を眼下に拡げては観る者をうんざりさせていた。


 但し、先程から崖の縁に座ったきり動こうとしない愚鈍な連れには、それなりに興味を引かれるものがあったらしい。
 つい先程までは延々と、暗い海の先にはどのような国があるのか、その国では既に嵐となっているのかなどと独りで話し続けていた。
 こちらが適当に打つ相打ちにも珍しく苛立たず、只々思いつく儘に話題を転がす。


 崖の際に立ち、次第に勢いを増す潮風に巻かれれば、傍らから流れる声は何時の間にか止んでいた。
 ならばもう発つか、と言い掛けて見下ろせば、二つ並べた掌に白い飛沫が載せられてゆらゆらと揺れている。


 波の花か……


 これ何?とでも言いたげな視線に答えれば、小首を傾げて己の掌に載せた塩の泡玉を見つめている。


 波の荒く打ち寄せると共に、一際強い風が吹き付けて泡が飛沫となって跳ばされて行く。
 後には僅かに濡れ跡を残した、白い手が取り遺されるのみだ。
 ぼんやりと飛沫を見送った、その視線が再び暗い波間に捕われる前に、その手を掴んで立ち上がらせる。

 脈絡もなくまだ早い、まだ早いと心急かされ、岸壁に波が叩き付ける度に生まれる、青白い花を踏み拉いてその場を後にする。



 刻一刻と近づく乱雲と、荒く波立つ海の水平に、鋭く雷光が瞬いては突き刺さる。
 遥か沖での轟きは嵐に運ばれ、不意打ちのように海鳴りを響かせていた。





2007/09/16
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