07/06の日記

06:32
九十九の肝入、百で人塚
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 妖の話を一つ。


 遠い昔、他人の命をその心臓ごと喰らう男があった。
 そもそもは只の人の身であったが、一時に信を失いその命までをも奪われ掛け、憎悪の糸の絡まりの中に心を投じた。
 そして気付けば身の内に幾つもの血潮が跳ね、代わりに胸を穿たれた死骸が辺りを取り囲む。
 骨の覗く胸郭から新たに生まれ出た、黒い憎悪の糸に追われて男は故郷から逃げ出した。

 逃げてさ迷う間に奪った命が四十九を越えた時、男の耳元で何者かがこう囁いた。

『百の命を奪え。黒き糸はそれを紡いで人と為すだろう』

 幾度も争いの中でもがれ、切り落とされた痕を繕う身体は異形と化しており、狂気に半ば足を踏み入れ掛ける男はその言葉に縋る。

 とうとう数えの為の縫い目が九十九となり、歓喜の内に新たな血を巡らす男の身体が突如膨張し、ついには継いだ皮膚を四散させる。
 次いで霧散して行く意識の片隅で男は、己であった筈の身体の内がほぼ黒い糸で埋め尽くされ、その中からいつか聞いた声が嘲笑うのを聞く。

 すでに何者でもない黒い糸の塊は、茜日の射すのを恐れるようにして深緑の中へと身を潜ませた。
 それでも重なる木々の葉陰をも抜けて届く光に恐れをなし、湿る落葉を掘り起こしその下の冷たい土が顔を現した時、地表の奥で何音かが響く。
 それに弾かれるように蠢き出した黒い糸は、固くしめられた土を掘り返し始めた。
 長い時間を掛け、何度も千切れることを繰り返して姿を現したのは人の骨であった。
 地圧のせいか、手足や頭がバラバラの状態であった人骨を組み直す、黒い糸の塊は今や人の拳大にまで削れている。
 残された細いほつれをその身に納め、満足したかのように黒い小さな塊はコロリと転がり、土のこびり付いた人骨の胸骨の中へと入っていった。

 土の中には動く者はもはや無く、さざ、と吹く森風が葉を舞い落とす。

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